発達障害を増やしたのは二つのグローバル化 1
発達障害が増えたということには二つの可能性があります。
一つは本当に発達障害な人が増えている状態です。インフルエンザが流行するようにその疾患の人が単純に増えている状態です。
「え、他のパターンなんてあるの?」と思った方もいることでしょう。もう一つありえることは、今まで発達障害とされていなかったものが発達障害と診断されるようになったというパターンです。
発達障害ついては前者の可能性も決して少なくありませんが、私は後者の可能性が高いと考えています。
この章ではまず発達障害という枠組みがそれほど定まったものでないことを書いていきます。さらに、発達障害という枠が広がった理由についても考察していきます。キーワードは二つのグローバル化と生存の地滑りです。
アスペとADHDの区別がつかない?
コミュニケーションの問題のアスペルガー障害と落ち着きのなさなどのADHD。一見二つは全く違う障害に思えることでしょう。
しかしです。今から十五年前に私が大学院で精神医学を学んだ時に、その教科書の発達障害のところにはこんな一文がありました。
「アスペルガー障害と注意欠陥多動障害では、専門家的にも鑑別に苦しむことがまれにあるが、その場合でも治療的対応は大きくは変わらない」
落ち着きのなさなどを症状とするADHDと、コミュニケーションのすれ違いを症状とするアスペルガー障害がなぜ区別がつかないことがあるのか。その時はよくわかりませんでした。
しかし、学校現場で子ども達を見てると少しずつこの言葉の意味が分かってきました。
一部の子ども達の中には確かにアスペルガーのようなコミュニケーションの微妙な機微が苦手な子どももいれば、落ち着きのない子どももいます。しかし、両方の特徴が見られる子も少なくないのです。
発達障害の判断の定まらなさについてはもう一点、症状、特性の重さも気になりました。発達障害かどうかの線引きというのはかなり難しいものだと思っています。どれくらいの症状の重さから診断を受けるべきかというのは専門家の間でもかなり意見が分かれる部分です。
また、落ち着きのなさなどの症状はどんな場所でどんなことをしてるかといった環境に大きく左右されます。特性だから環境や気分は関係ないということはありません。
発達障害と一口にいいますが、どんな特徴がどこから障害なのかという難しい問題があるのです。
DSMの功罪
何が、どこからが病気なのか?という問いに対して不思議に思った方も多いことでしょう。
病気とは症状ではなく原因で決まるのではないかと。そして、確かに大半の病気は原因が存在します。ガンはがん細胞が出現したことによりガンと診断されますし、インフルエンザなどの感染症は感染したかかどうかを検査することで診断が下されます。
しかし、精神疾患に関してはここが少し微妙なのです。現在の精神疾患の診断の基準はDSMというアメリカ精神医学会がつくったガイドラインが主流です。このDSMが画期的な点は、病気の診断を原因から見た目の症状へと判断をシフトしたことでした。これはどの医師でも共通の診断を出しやすくする為だったようです。現在でも様々な精神疾患の原因と考えられる脳の細かい部分はまだ解明しつくされておらず、脳の検査で精神疾患かどうかの判断がしづらいことを考えれば、この変更は英断だったと思われます。しかし、この変更は疾病というもののとらえ方にまで変化をもたらしました。病気を原因ではなく症状で判断する傾向が強まってしまったのです。
発達障害に限らず全ての病気、障害にいえることですが、病気というのは何もなく存在するのではなく、定義することで生まれるものなのです。
この点の問題点を考える上で必読の本があります。
疾病概念のグローバル化
『クレイジーライクアメリカ』という本は「こういう現象は○○病である」という定義が輸入されたことでその国でのその病気を取り巻く環境がどう変わったのかを書いた本です。香港の摂食障害、スマトラのPTSD、ザンジバルの統合失調症、日本のうつ病の四つついて書かれています。
普通ならやせることはいいことだという感覚が輸入されたことで摂食障害が増えたと考えることでしょう。しかし、香港ではやせることや太ることへの感情と関係なく、摂食障害という病気があるという情報こそが摂食障害を増加させたのです。津波のあったスマトラでは欧米から来た支援者がPTSDという概念を持ち込んだことが、元々スマトラの人が持っていた死別の作業を混乱させることになってしまいました。ザンジバルではそれまで悪霊の仕業とされていたものが統合失調症という病名がついたことで、患者の社会的な位置が悪い方向に変化してしまいました。日本では九十年代を境にSSRIという新型のううつ病治療薬が入ってきたタイミングでうつ病が急増してしまいました。
今まで病気以外の別の現象とされていたものが病気であるとされることによって、その現象の意味が変わってしまうのです。
新しく病気や障害と認定されることにはプラスの変化もマイナスの変化もありますが、病気というものは決して定まったものでなく、ルールによって決められるようなものだという認識は必要です。ルールが変わればその対象や範囲も変わるのです。
『クレイジーライクアメリカ』で書かれているように、病気は定義されることで生まれたり、存在の意味が変わることがあります。
近年になってDSMなどによって精神疾患の概念が世界中で統一されるようになりました。発達障害についても、発達障害という概念が世界中で共通のものとなりつつあることで発達障害が増えたという側面はあるはずです。
これが発達障害が増えた理由の一つ目のグローバル化です。
『発達障害を増やしたのは二つのグローバル化 2』へ続きます。
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