不登校変化グラフ

なぜ九十年代に不登校が激増したのか? 不登校の社会論 1

 一章で不登校がずっと一定のペースで増えているのではなく、それまで微増だったものが九十年代に激増し、その後は現在まで多少の増減を繰り返す平衡状態であることは書きました。不登校は一定に増えているのではなく、九十年代というある一時期に激増し、それがそのまま続いているだけなのです。
 不登校の定義が年間五十日欠席から三十日欠席に変わり、その為に一年で不登校が増えた年がありましたが、それはせいぜい二万人の増加で、この時期の不登校の増加はその一年だけではありません。不登校は九十年代、特にその後半に激増しています。
 この二章では、なぜ九十年代に不登校が急増したのかを考えていきます。

九十年以前と以後の学校の変化 

 不登校が激増した九十年代に学校に何があったのでしょうか。
 校内暴力や受験競争が大きくクローズアップされたのは八十年代以前であり、その頃は不登校は今の十分の一もいませんでした。学校の荒れや受験戦争、詰め込み教育といったものは不登校の増加とは関係ないようです。
 厳しい勉強とは逆にゆとり教育こそ不登校に関係していると考える人もいるかもしれません。実はゆとり教育がいつからというのは判断が難しいのです。確かに一部の学習内容が減るのは九十年代からですが、総合の時間がつくられたり土曜日が完全に休みになったのはゼロ年代に入ってからです。そして今度は十年代に脱ゆとりへと舵がきられます。むしろゼロ年代のゆとり教育こそが不登校のさらなる増加を止めたという見方もできなくもないですが、その後の脱ゆとりでまた不登校が増えたというわけでもないので、不登校の増加とゆとり教育はあまり関係がないのかもしれません。

 九十年代の不登校急増を考える上で、一点おさえておかなければいけない事実があります。次の文科省のグラフを見ると分かるように、実は不登校が急増したのは中学生だけで、小学生はそれほど増加していません(文部科学省のデータ)。
 これはかなり重要な事実です。以降の不登校の急増を巡る考察では、中学校に絞って考えていきます。

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九十年代に中学校に何が起きたのか?

 中学校に起きたものとして不登校の原因となりそうなことは、実は八十年代以前に既に起きていたかゼロ年代に起きたことで、九十年代に不登校が激増したことをうまく説明できません。
 では、九十年代に中学校に何が起きたのでしょうか。一つの大きな出来事は不登校の問題化です。少しずつ増え始めた不登校に対処する為に九十年代を目処にいくつかの政策をスタートさせました。
 一つは一章でもふれた不登校の再定義です。今まで年間五十日の長欠としていたものを年間三十日に変更したのが九十一年でした。その結果、もちろんのことですが、翌九十二年には不登校は二万人程度増えます。枠を広くしたのだから当然ですね。ところが、さらに翌年、翌々年と不登校がさらに急ペースで増加したのです。このことは一章でもふれました。
 九十年代に起きたもう一つの大きなトピックは私のようなスクールカウンセラーの配置です。これも不登校などの対策の大きな一手として始まったものです。実際に多くの学校に配置がされるまでは年数がかかりますが、九十五年から学校に心理の専門家が少しずつ入っていきます。
 ここで重要なのは、現在から見ると不登校が急増したから不登校対策が動き出したのではなく、不登校対策が動き出した後に不登校が急増している点です。
 九十年代前半に以前よりは不登校の増加が大きくなり、それによって不登校の対策を強化しようと不登校の集計が変えたりスクールカウンセラーを導入したりと様々な不登校対策が動き出したのでしょうが、現在から見ると、対策を打った後の九十年代後半に不登校が激増しているのです。この点は非常に重要です。

 もう一点、九十年代の変化で忘れていけないのは中学校の成績評価の変化です。
 高校入試では調査書と筆記試験の結果から合否を判断されます。筆記試験だけではなく中学校の成績等、トータルにその生徒を見るというわけです。これは九十年代以前からそうでしたが、九十一年の指導要録の改定から関心・意欲・態度といったものが評価に追加された観点別評価へと変化しました。具体的にうとノートや課題の提出、授業態度などの成績への比重が上がったわけです。そういった成績の変化はそのまま入試に影響します。今の中学校は病院のインフォームド・コンセントよろしくどういう風に成績評価がなされるかを先生が生徒にしっかり説明しています。
 いわゆるテストだけで人を評価するのではなく、全体的に人物を評価するという主旨でこういった成績評価制度になったわけですが、問題もないわけではありません。こういった評価によって、中学校での活動の多くの時間が成績につながることになってしまいました。決してそれによって中学校生活全体がギスギスしたというほどではありませんが、これは見過ごせない点です。

 九十年代に教育の世界で起きた変化は決して小さなものではありませんが、どれもそれだけでは不登校の急増を説明しきれなさそうです。
 では九十年代に社会全体にはどんな変化があったのでしょうか。

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