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ノスタルジック・アディカウント #15
俺もののもすぐには動けなかった。姉貴に揺さぶられるようにしてようやく、俺たちは『音乃』のあとを追って外に出た。
『音乃』の姿はどこにもなかった。
履き古したクロックスだけが、道端に、邪魔くさそうに脱ぎ捨てられている。
スマホを片手に姉貴が出てきて、これ音乃ちゃんの番号でいいんだよね、と履歴からののに確認した。――そういえばここに来る前に、母さんが家を出たか確認するために『音乃』の携帯を借りたんだったか。ののが頷いている。姉貴が掛ける。出ない、と言った。
当然だろうと俺は思う。
この状況で出るわけがない。
――そもそも『音乃』は携帯を持っていったのだろうか。
コートも着ていなかったし、ポケットもついてなさそうな服だった。ソファの隅に置き去りにされていたような気がしなくもない。
とりあえず姉貴を連絡役として家に残し、帰ってるかもしれないからとののを自宅に向かわせ――『俺』は姉貴の携帯を、俺は『俺』の携帯をそれぞれ借りて、手分けして『音乃』を探すことに決まった。
いっさい言葉を交わさないまま、小さな交差点でののを見送った。
『俺』はまっすぐ駅方面に、俺は左に折れて住宅街に、じゃあ、と別れようとしたところで、
「なあ」
ふと『俺』に呼び止められた。
「おまえらって、どうなってんの?」
「……なにが?」
「いや、なにがって」
『俺』は言いにくそうに口ごもる。しかしすぐに諦めたように、後ろ首を掻きながら、
「まあいいや。関係ねぇし」
「いいならいいけど」
「うん――」
『俺』はまだなにか言いたそうにしている。俺はあえて、なに、とは聞かなかった。
「――あのさ。深山のことだけど」
「……どっちの?」
「こっちの」
「ああ」
俺は少しだけ安心する。
「こっちの『音乃』が、なに?」
「いや――あいつがシカトされるようになった原因、おまえら聞いてねぇんだろ?」
どうやらそれが本題らしい。半身を住宅街へ向けていた俺は、あらためて、『俺』のほうへ向き直った。
「原因っていうか、きっかけ――かな。それは聞いたけど」
「なんて言ってた? あいつ」
「石野紗枝からもらったキーホルダーを、壊したからって」
「壊した? なくしたからだろ?」
『俺』は怪訝そうに眉をひそめる。
そういえば、彼が帰ってくる前――三人で話していたとき――途中から姉貴が怒りだしたせいでうやむやになってしまったけれど、どうやら『俺』は、キーホルダーの存在自体は知っていたらしい。少し齟齬があるようだけれど。
「なくしたって『音乃』から聞いたのか」
「あー、微妙」
当時――なくしたのなんだのと、石野紗枝が『音乃』を責めているのを見かけたのだと『俺』は言った。
最初は借り物でもなくしたのかと思ったらしいが、のちのち直接聞いてみると、おみやげでもらったお揃いのキーホルダーだと、『音乃』が話したそうである。
となると。
つまり『俺』は、キーホルダーがきっかけになったことだけは知っているが、そのきっかけがあの日であることまでは知らない、ということだ。だから『音乃』も、「『俺』は知っているのか」という問いに対して、返答に困ったのだろう。
俺は、俺の知っている情報――夢の記憶と一緒に、『音乃』から聞いた一連の出来事を簡単に説明した。
「――それで俺一人が悪者かよ」
吐き捨てるように『俺』が言った。
「べつに――さっきにしろ今にしろ、誰が悪いとか悪者とか、そういう話をしたかったわけじゃない。姉貴が突っ走って、ののが引きずられて、結果あんなふうになっただけで。……ただ、おまえの一言があって、それで『音乃』が不登校になったのは――事実、なんだろ?」
「まあな。事実だよ。次の日から来なくなったから、あいつ」
「そう、か」
やっぱり、そうなのか――。
「でもそれが全部じゃない。肝心なとこ、あいつ隠してる。……事実ついでに教えてやるよ」
不貞腐れたようにそっぽを向いたまま、虚空を見つめる横顔が――なぜかその瞬間、『音乃』と重なった。
「とったんだよ、あいつ。そのキーホルダー。他の子が持ってたやつ」
「……え?」
とった?
「とったの。盗んだの」
「は? 『音乃』がか?」
「ほかに誰がいるんだよ」
『俺』が盛大に溜息をついた。
「そもそも最初、深山をシカトしてたのは石野たちだけだったんだよ。それもすげぇあからさまだったからさ、見かねた他の女子とか、結構話しかけたり、仲間に入れてやろうとしたりしてたんだよ。俺も、まあ、声掛けたりしてさ。そのときはまだ普通に喋ってたから。
――けどあいつ、まるで石野が……なんつーのかな、世界のすべてみたいな、唯一の主人みたいな感じで、ほかの奴には見向きもしねぇの。石野の機嫌取ろうとばっかしてた。何度も謝ったり、話しかけたりとかして。見てるこっちが引くぐらい、とにかく必死でさ。……けど、結局だめで」
「それで――」
「盗った」
あまりにもさらりと『俺』は言う。
「あいつ、テンパってたのか知らねぇけど――次の日ソレつけてきちゃったんだよ。ランドセルに。家にあったの見つけたのーとか言っちゃってさ。……でもさ。普通バレるじゃん、そんなのすぐ」
「ま、あ」
そうだろう、という相槌は、乾いて音にならなかった。
「それでドロボーだの嘘つきだのって、大騒ぎになって」
「…………」
「――で、俺はそれに巻き込まれたっつーか」
窺うように、こちらに視線を寄越してくる。しかしすぐに、逃げるように離れていく。
「とにかく。原因作ったの、全部あいつ自身だから」
それだけ、と言い捨てて、『俺』は赤信号も構わず走って横断歩道を渡り、駅のほうへ行ってしまった。
また、俺は一人、取り残された。
ただでさえもやもやしていた心に重石を乗せられたようになって、それは体をも重くして――かといって茫然と立ち尽くしているわけにもいかず、俺は足を引きずるように住宅街へ向かった。
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