トガノイバラ#89 -4 悲哀の飛沫…30…
「あんたが御木崎卦伊さん、ですね」
「……なんだ、お前は」
「今回の作戦の陣頭指揮を執っとるモンです。御影、とだけ名乗っときます」
「貴様が……!」
「そんなことより卦伊さん」
怒りで顔をゆがめる卦伊などものともせずに、御影佑征は平然と続ける。
「Kratの諸君をいま中に入れるんは、悪手ですわ」
「悪手、だと?」
「まあなんも知らんのやから仕方ないと思いますけどね」
肩をすくめる。軽薄な態度と口調に、卦伊の表情はますます険しくなっていく。
「どういう意味だ」
御影佑征がにやりと笑った。
おもむろにインカムに片手をやり、
「僕らは今から、この家に火ィつけます」
そう宣言した。
卦伊の目が大きく見ひらかれる。
「家の裏手で、うちのモンがすでに待機しとります。いま中に入ったらKrat諸君はみんな丸焼きですよ。さすがにそれは、宗家としても痛いんと違いますか?」
「……貴様、本気で言ってるのか。中には伊明君たちだっているんだぞ。兄さん――伊生兄さんだって」
「ご心配には及びません。僕の声は、このインカムを通してちゃんと聞こえとるはずですから。火をつけるタイミングも、逃げるタイミングもちゃんとお知らせできるんです」
「馬鹿な。この家ではそんなもの、なんの役にも――」
「面倒なんでその辺の説明は省きますね」
にべもなく御影佑征が切り捨てた。
「そちらさんは『歴史』を大切にする一族やと聞いてます。先祖代々受け継がれてきた由緒正しいこのお屋敷を、僕らみたいなもんに焼き払われたら、そら末代までの恥でしょう。僕かて、放火なんて犯罪行為、できるだけしとうないんですわ」
「……なにが狙いだ」
ひゅう、と御影佑征が口笛を吹く。
「さすが御木崎家の当主様、話が早くて助かります。……おたくの部屋にある金庫の番号、教えてもらえませんか?」
「――……そういうことか」
伊生の忠告、御影の要望――卦伊のなかでようやくすべてが繋がった。血が凍っていくように、その顔からすうと表情が消えていく。
「お前たち御影家は、社会的に御木崎家を潰すつもりでいるんだな」
鼻梁に落ちた眼鏡のグリップを押し上げる。色を失くした卦伊の瞳が蔽われる。
「物理的にも潰すつもりやったんですけどね」
卦伊の動作につられるように、御影佑征も小さな眼鏡をくいっとやった。
「金庫から書類を奪ってボヤ騒ぎを起こしてトンズラ、っちゅう作戦やったんですわ、本来は。けど金庫が開かんとどうしようもないんでね」
卦伊は眼鏡をおさえたまましばらく沈黙していた。考えこむというよりも、ただ黙って突っ立っているだけといったふうである。
やがて、ぽつ、と声を落とした。
「ひとつ条件がある」
おどろくほど静かな声だった。
「……聞きましょう」
「僕は君たちが信用できない。今ここで番号を教えたとして、その後放火しないという保証はどこにもないし、君がいくら約束すると言ったところで信じることは到底できない」
「まあ、それは――」
「だから」
卦伊は静かに、強く言った。
「僕をそこへ連れていってくれ。火のそばで待機しているという、君の仲間のところへ。彼らが完全に離れたら、君だけに番号を教える。――どうだろう」
「…………」
先ほどまでとは打って変わった、ずいぶん穏やかな調子である。卦伊は眼鏡から手を離そうとせず、表情を読もうにも、御影佑征からはほとんど見えない。不気味な静けさに眉をひそめながらも、
「……わかりました」
御影佑征は頷いた。
「なんやったら、兵隊さんを二、三人、連れてもらっても構いませんけど」
「僕一人でいい」
「――そうですか」
御影佑征はインカムから手を離した。が、すぐには動こうとせず、肩に置いた竹刀をおろし、やや声をやわらげ、
「……先に言うときますね。伊生さんは、自分と先代がすべての罪を被るべきやって言うてました。実那伊さんや卦伊さんは、嫌々自分たちの指示に従っていたと――そう証言してほしいそうです。卦伊さんは、まあ、立場もありますから多少罰は受けるやろうと思いますけど、実那伊さんや息子さんたちは……経歴に傷はつくやろうけど、実質的にはお咎めなしで済むんやないですか」
「…………」
卦伊は、なにも言わなかった。
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