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アナログバイリンガル【短編】

「こちらが、キタムラ シェリー葉子さん」
上司に紹介された彼女は、グレーのスーツを着こなし、ぼくに向かって、颯爽と歩いて来た。スーツは、長身の彼女よりも少し大きく感じた。

彼女は、ニューヨークから帰国したばかり。今から通訳として、付き添ってもらう。取引先は、シカゴのIT企業・代表のジェイクだ。
「Hello, I'm Jake.」
彼女の本場ニューヨークの流暢な英語は、素晴らしく、商談は成立した。

しかし、ぼくには気になることがあった。彼女は通訳をする際、スーツのポケットに手を入れて、ごそごそと何かを探し、必ず中を覗くのだ、高速で。

ジェイクが去って、彼女に尋ねた。
「今日はありがとう。どうしてポケットの中を覗くんだい?」

「私、これがないと通訳できないんです」

そう言って彼女は、ポケットから単語カード綴りをどっさりと取り出した。
学生のときに使っていた、めくりながら覚える、手書きの。

「わたし、アナログ派なんです」



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