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小説『犬も歩けば時代を超える』(14話目)

14話 犬千代、犬かきと○○

お母様と親子の名乗りをあげられた私犬千代だが、それをきっかけにお母様は私や他の動物の言葉を理解するようになった。
今ではお母様の家事の休憩時間にお茶しながら(私はお茶ではなく骨型のガムを噛む)私の仔犬時代の思い出話がはずむようになった。
戦国時代の思い出話もあるが、悲しい思い出があまりに多いのであまり話題には上らない。

私の仔犬時代というのは、元々犬嫌いだったお母様の勘違いな子育て(犬育て?)から始まっている。
本屋という書物を売る店には「犬の飼い方」などという本があったりするらしいのに、それを買って熟読する前に私が家にやってきたことも一因なのかもしれない。

「だってね、とりあえず人間の赤ちゃんと同じ扱いをしていれば病気や死んだりすることはないと思ったのよ。人間の赤ちゃんのほうが弱いでしょう?」

お母様がお茶のカップの端を、人差し指でなぞりながら言っている。

「犬の飼い方なんて本を読んでいる時間があったら、突然我が家にやってきたあなたの世話をすることでいっぱいだったし。」

お母様のお茶のカップがキュッと指先で鳴った。お母様にしてみるとちょっと珍しく言い訳っぽい。
たぶん「あの事件」のことだ。

「だけどね、お母様。」
私はお母様にずっと言いたかったことを切り出した。

「私をお風呂に入れる時に、とても優しく洗ってくれたことを『ハッキリ』覚えているのですが。」
私は目の前の骨ガムをペロッと舐めた。お母様の視線が横にフヨフヨと泳いでいる。

「私を湯船に落としましたよね。」
私がズバリと切り込むと、お母様は私から視線を外して口を尖らせて、

「ちょっとね、やっちゃったわよね。」
と、認めた。

しかしすぐ私に向き直って、
「でもね、人間の赤ちゃんと違って、犬は元々犬かきができると思ったのよ。犬なら誰でも喜んで泳ぐのだと思ったのよー!」
と、泣いている真似をしながら言うのだ。

なんていうか、お母様と話すのは戦国時代から少なかったけれど、こんなに可愛くて面白い方だったのかと心の中で笑ってしまった。

「あなたをソーっと湯船で暖めてあげたのだけど、ふと『こんなことしなくても、犬かきしながら温まるのでは?』と思ったのよ。
そうでしょ?テレビとかでは喜んで水遊びする犬がよく映るじゃない?それで、ちょっと手を離してみたの。」

食卓の片方の椅子には私が座っていて、向かい合わせでお母様が座っている。お母様は私を上目遣いっぽく見た。

「で、私はそのまま沈んだのですよね。」
私が笑わずに言うと、

「ごめんなさい!本当にごめんなさい。すぐに引き上げたけど、あれはあたなのトラウマになっちゃったわよね。お風呂に入るたびに目を見開いて、手をキィーって広げて。」
と、謝ってくれた。

「そうですよ、すっかりあれから風呂嫌いです。戦国時代には温泉までよく足を運ぶほど風呂好きだったのに・・・。そりゃ風呂で溺れれば誰だって!」

そうだ、戦国時代にはお忍びでよく温泉へ足を運んだものだった。
領内にはいくつもの温泉が沸いていたから、爺やと遠乗りがてらよく一風呂浴びにいったりもした。
帰りには砂埃でまた汚れてしまったり、雨にあたって風邪を引いてしまったこともあった。それでも懲りずに風呂に通うほどの風呂好きだったのだ。

「どうしたの?」
お母様が心配そうに私を見た。
私は首を横に振ると、なんでもないと答えた。
戦国時代の話は、それが例え何気ないことでもあまり話題には良くないような気がするのだ。

「お母様、犬は誰でも水遊びが好きで、犬かきができるとは限らないのですよ?」
私が笑うと、お母様はやっぱり謝りながら笑っていた。
お母様にしても、子育て(犬育て?)は必死だったのだなとシミジミ感じた。

「そうそう、お風呂といえばね。」
とお母様が切り出した。

「人間の赤ちゃんは、お風呂というより最初は沐浴っていってね、毎日ベビーバスにお湯を張って入れるのよ。」
またお風呂の話題か。

「赤ちゃんはそれが犬であっても衛生が第一って思ったの。あなたが来たのは冬だったから、とりあえず毎日は入れなかったけど・・・。風邪をひいてもなんだしね。」

お母様はお茶のお変わりを入れに席を立って、私に背を向けた。

「まさか、小まめに犬をお風呂に入れてはいけないなんて、知らなかったのよ!」
と言いながらお母様の肩がちょっと震えている。泣いているの?

「犬は人間と違って汗をかくことがないから、毎日お風呂に入れたりすると、皮膚に異常をきたすって、後から知ったの。」
お母様がクルリと振り返った。

「あなたが一時期ハゲていたのは、実は私の熱血育児が原因なのよ。」
と、泣くどころかお腹をかかえて爆笑しはじめた。

「絶対ちゃんと育ててやるんだって私も肩に力も入りっぱなしで、あなたはストレスを感じていたのね。おまけに毎日に近いほどゴシゴシ洗われて、今思うとハゲもするわよね!」

お茶のカップをテーブルに置くと、お母様は爆笑し続けた。
ちょっと?私のハゲでそんなに笑うのか?
そうだ、あの頃初めてガールフレンドが出来たのに、散歩が一緒になった時に言われたことがあった。

「ねぇ、あなた何故ハゲてるの?」
って。私も思わず、笑ってしまった。仔犬時代は色々あったものだ。

ところで、もちろん私の今の毛はフサフサである。

(15話へ続く)
(予告)次は温泉へGO!?

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