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余韻がすごい、スタンダール【赤と黒】岩波文庫チャレンジ70&71/100冊目

フランス社会小説として歴史的価値が高く、階級の観念を鋭く風刺したスタンダールの「赤と黒」。


やっと読む気になった、理由はデヴィ夫人

名作ランキングでちょこちょこ目にしていた本作。ずいぶん前から手元にあったものの、上下巻約1000ページはややボリュームあり。いよいよ読む気になったのは、先日トニオ・クレエゲルの投稿で触れたデヴィ夫人。

教養は身を助けます」や「女性の人生は自由で楽しいものよ。もっと気軽に恋愛してご覧なさい」(オホホホホ)という話の中であげていたのが、スタンダール「赤と黒」のレナール夫人、バルザック「谷間の百合」のモルソーフ夫人、トルストイ「戦争と平和」のナターシャ。

タイトルから全く内容の想像がつかない、読むなら今しかない!

あらすじ

1830年7月革命前のフランスを舞台に、ジュリアン・ソレルという名の下層階級、木挽きの倅が、学才を活かして上流階級へのし上がる。偽善・駆け引き当たり前、陰謀取り巻く世界を描き出した社会派小説。

実際の事件(神学生ベルテ)に筋書きを借りている、とはしがきに書いてあったが、内容を知らない身からすると、小説の最後に置いて欲しかった内容。なぜあとがきにしなかったのか、ネタバレになっていて悲しかった。

残念な点、良い点

まず残念な点。
なんと言っても読みにくい。訳なのか、話し手(一人称)がコロコロ変わるからなのか、展開がぷつんぷつんしているからなのか。

下の文章、意味は通じたけれど日本語がおかしくはないだろうか。

梯子の所へ駆け寄ったが、庭男が鎖でつないでおいた。

P.258

読み始めの内は登場人物も多く、誰が主要人物か分かるまでなど、とにかく慣れが必要だった。慣れさえすればどんどん読める

サマセット・モームが「世界十大小説」の一つに取り上げていて、後半の展開は「支離滅裂」と評したよう。モームの著作は未読のため、全体を読んでからでないと明確には言えないが、「?」と思う箇所が所々あった。ただ、取り上げている以上、良さが悪さに勝っている。

良い点。
特権階級による労働者階級の支配、下層階級ジュリアンと貴族女との恋など上手く描かれているのだと思うが、個人的に好きなのは著者のブラックジョーク(以下その例)。

長ったらしいことと来ては、司教の教書のようだった。聞いていれば何もかも言っているようで、実は明確には何一つ言ってはいない。

議員たちが居眠りから目を覚まそうとして、うつらうつらしている潮時を見計らって、会議の終わり口を利用しようとする雄弁な国務大臣といえども、かつてこれほど多くの言葉を列べて、これほど少しの内容の事しか言わなかったためしはなかっただろう。

世論と言うのは、偶然、金持ちで穏健で貴族に生まれてきた馬鹿者どもが作る。ひときわ優れた人物こそ災難。

痛烈批判が心地良い(笑)。翻って自分の国はどうかと言うと笑えない。

その他、だいぶ読み進めてから気づいた事には、ページ左上のタイトル。一章が割と短いのだが、それよりもっと細かくミニミニタイトルがついている。これを追うだけでもある程度概要がつかめたのではないかと、読んだ後には思う。

主人公ジュリアン・ソレル

美男子で学才にも恵まれるジュリアン・ソレルが最後に手にするものは、栄光か悲劇か。結末は今後読まれる方のために取っておこう。本筋に触れない程度で少しジュリアンの紹介だけ。

「権威」とか「模範」とかに盲目的に従おうとせず、「自分で考え」「自分で判断する」と言うとんでもない悪癖に染まっている。

当時の世相を反映したジュリアンの批評。偽善と曖昧を許さない数学を特に好んだと言うスタンダールが、自身の思いを主人公に預けている。

実の父親や兄妹から殴られる惨めな生活から、ラテン語ができるという理由でレナール家の家庭教師につく事になり、そこから彼の人生が動き出す。

非常な速度で僧侶に必要な、彼の眼には全く虚偽としか思われず、何の感興も覚えない事柄を見事に習得して行く。

最初はただの征服欲や義務感から始まった、自尊心を高めるだけの恋も、やがて身を焦がす程に大きくなる。

社会派小説ではあるが、恋の描写もかなりある。下巻に至ってはほとんどと言っていいボリューム。内面描写が心に迫ってはくるものの、微妙な駆け引きや、思いと反対の事を言いがちな所はややついて行きづらい。

「失われた時を求めて」で散々経験した「どっちなんだ〜い!」がここにも描かれていた。果たしてこれが恋の苦悩なのだろうか、個人的にはよく分からない🤦‍♀️

社会的背景

1830年7月革命前のフランスが舞台、読了後に手に取った世界史の教科書から当時を学ぶ。人名はほぼ登場するので、これから読む人の参考になれば幸い。

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絶対王政下のフランスは身分制度の社会聖職者と貴族が重要な官職を独占、免税などの特権もあったが、国民の9割以上を占める平民は不平等な扱いを受けていた。

革命のきっかけを作ったのは貴族階級。ルイ16世(妻マリー・アントワネット)で破綻した財政を再建しよう、政治的発言権を強めようとして結束した事が発端。おりからの凶作やパンの値上がりに苦しんでいたパリの民衆も蜂起。

18世紀後半から19世紀前半は、イギリス・アメリカ・フランスで市民革命が相次いだ時代古い家柄でなく、個人の才能が重んじられる社会、立憲主義の確立(=絶対王政の廃止)、法的・身分的平等の確立を目指した。

フランスでは、貴族ラ・ファイエットが起草した人権宣言(人間の自由と平等、人民主権、三権分立、私有財産の不可侵など)が成立。及び立憲君主制の1791年憲法が公布された。

その後、ロベスピエール(革命家)を中心としたジャコバン派は、反対派を多数処刑する恐怖政治で革命防衛体制を作る。が、同派内で内紛が起こると政敵であったダントンを粛清、さらに権力を強化する。

小説には、主人公ジュリアンがロベスピエールの如き、として比較される場面も。恐怖政治を敷いただけでなく、清廉さと有徳が基礎であると説き、人民を優先した事から、後のクーデーターで倒された後も殉教者として歴史に名が残る。

この後登場したのが、革命派の軍人として頭角を現したナポレオン。小説はナポレオン没落後、ブルボン王朝が復活(復古王政)、7月革命前夜の反動的で陰鬱な社会を描く。

復古王政シャルル10世体制下は、一応立憲君主制ではあったものの、議会を強圧的に解散するなどし、パリで革命が起こる(7月革命)。シャルル10世は逃亡、ルイ・フィリップが即位。この後、サン=シモンを先駆者として社会主義も台頭してくる。

この時の有名な絵画にドラクロワ「民衆を導く自由の女神」がある。

*参考
カトリックの聖職者位階制度
ローマ法皇が頂点、大司教、司教、司祭、助祭というピラミッド型の階層

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タイトル「赤と黒」の意味、知りたい方向け

一般的に「赤」は軍服や共和主義精神、「黒」は僧衣や僧侶階級を示すと解釈されている。「赤」を英雄的、「黒」を陰謀と見る事もできる。


最後に、
本作がフランスの歴史的名著とされる理由は色々とあるだろうが、自分が心打たれるのは恋愛の場面よりむしろ、下層階級が身分の違いを乗り越えようとした姿、勇ましさにある。

「よき教育」と「極端な貧しさ」が、今後は力強いエネルギーをもつ人物を生む。ナポレオンもその一例である。

はしがきより

革命でもなければ社会は変わらないのか。草莽崛起の人が躍動した幕末・明治を思い返さずにいられない。

著者が好んで使ったと言う締めくくりの言葉

To the happy few(数少ない幸福者のために)、ものすごい余韻だ。

岩波文庫チャレンジ、残り29冊🌟

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