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知るほど増える知らない事【憲法義解】岩波文庫チャレンジ77/100冊目

大日本帝国憲法あるいは明治憲法及び皇室典範の解説書。伊藤博文著となっているが、枢密院議長(責任者)としての名であり、実際起草したのは井上毅

非西欧世界で初めて憲法を制定するにあたり、日本とはどいういう国かを古事記・日本書紀などあらゆる歴史文献から引用し、ベルギー、オーストリア、プロイセン、アメリカ、バイエルン、フランス、スイスなど遍く海外の法律・歴史を勉強した上で条文の理由を説明している。

つまらなそう?
いや、面白かった。

言葉の羅列ではなく、作成時の思いや強い意志を肌で感じる事ができる。これだけ多方面に広く研究し、深く考えてくれる人がトップにいたなら安心だろう。

思を潜め、慮を凝し、これを今古に考へ、これを学理に照し、永図を疇画し、制作に従事

第56条より

明治の文体なのでやや読みにくいが、意図を捉えるレベルなら頑張れば読める。


この本を読む理由

憲法学者でもないのになぜこの本を読むのか。
理由は三島由紀夫の人生にある。

自衛隊に憲法改正を訴えるため、数人の有志を従えて、陸上自衛隊総監を占拠、バルコニーで演説の後、割腹

諸君らは武士だろう。武士ならばだ、自分を否定する憲法をどうして守るんだ。どうして自分を否定する憲法にペコペコするんだ。今の憲法は政治的謀略に、諸君が合憲の如く装っている。自衛隊は違憲なんだよ。ただ小さい根性ばっかりに惑わされて、本当に日本のために立ち上がる時はないんだ。憲法のために、日本を骨なしにした憲法に従ってきたということを知らないのか。

バルコニーでの演説(一部)

命をかけた訴えだった。
いまだ憲法は誤植1字改正されていないという。(以下「8つの理由」より)

昔はどういう憲法だったのか。
敗戦後、憲法はどのように変わったのか。
世界はどうなのか。

こういう事が知りたい。
本内容は、合わせて読んでいる「世界憲法集」(岩波文庫)から、まず日本と概説で学んだ事を、1国民の1読者として記す。世界の憲法は追って別記事に(あくまでも、読書感想であり政治的意味はありません)。

そもそもなぜ憲法は制定されたのか

憲法を構成している諸原理は、歴史の中で幾多の試練を経ながら築き上げられてきたもの

「世界憲法集」より

日本の建国史が反映されている旧憲法に比べて、現憲法に見えたのは敗戦の歴史(*便宜上、大日本帝国憲法を旧憲法、日本国憲法を現憲法と記載)。

大日本帝国憲法はなぜ作られたのか

遠因はペリー来航まで遡る。欧米諸国がアジア各国を植民地としていた時代。日本は植民地になることはなかったが、国際社会で肩を並べるため、強い主権国家の必要性に迫られる。不平等条約をきっかけに、長い鎖国の眠りから覚め、激動の幕末〜明治維新へと動いていく。

日本国憲法制定(大日本帝国憲法の改正)に至った理由

第二次世界大戦での敗戦。占領軍(GHQ)最高司令官マッカーサーの指示が色濃く反映される。

1、天皇制は維持するが、天皇の権限は大幅に限定
2、戦争の廃棄と陸海空軍の否定
3、封建性の解体

負けたのだから仕方ない?

世界はどうか。ナチス占領下で無理やり制定された憲法など、フランス・オーストリアは即時無効。ハーグ陸戦条約(使用してはならない戦術などを規定)は「占領軍は絶対的な支障がない限り、占領地の法律を変更してはいけない」と定めている。(8つの理由より)

アメリカ軍はナチスと違う。アメリカは世界の警察、チョコレートをくれる軍人さん。

自分の目で憲法を比較する

制定理由を踏まえると、教科書の教え方とは違う視点が見えてきた。以下、一般的な違いというより、個人的主観に基づく違いを抜き出しています。

①GHQ指示
・旧憲法では天皇が国家元首
・現憲法では天皇に主権はなく象徴(国民主権)、また戦争放棄の第2章が加わる

②有事想定

・旧憲法には緊急事態条項があり(第8条)、有事には天皇が勅令を出せる

「我らは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において〜」

現憲法の前文より抜粋

現憲法は平和な国際社会を大前提においており、有事・緊急事態想定がない
ー日本の近隣諸国、ロシアはウクライナに侵攻し、北朝鮮はミサイルを発射し、香港は中国に飲み込まれまいとしている。平和な国際社会とは。
ー地震の多い日本は大規模災害も有事(常時ではない)
ー54条に「緊急の時は参議院の緊急集会」とあるが、集会できない時どうするのだろう。
ー企業でも有事の際に通常の手続きを省いたり、トップダウンを速くして対処するのは当たり前だと思う。

③衆議院の優越
・旧憲法の議会は貴族院と衆議院
ー貴族院が華族・皇族で構成されるのに対し、衆議院は選挙で選ぶ
ーフランスやスペインの事例から、一院制が機能しない事を踏まえる
ー予算は先に衆議院に提出

予算を議するは政府の財務と国民の生計とを対照し、両々顧応し豊倹の程度を得せしむるを要す、ために衆議院に最先の特権を付したり

「憲法義解」65条より

・現憲法は衆議院と参議院
ー両議員選挙で選ばれるが、衆議院優越は引き継がれている
ー予算は、参議院が否決、議決しない時は衆議院の議決で成立
(旧憲法では、両議院が可決しない時は前年度予算を適用)
ー法案は、参議院が否決しても衆議院2/3以上で再可決可能
(旧憲法では、一方が否決した法案は同会期中に再提出することはできない)

④行政裁判所(行政訴訟のための特別裁判所)
*行政が法律に従ってなされているかどうか、行政から独立した裁判所がチェックする制度
旧憲法及び欧州大部分で採用(司法裁判所に一切の権限を認める事は問題外)
・現憲法ではアメリカに倣って司法裁判所が一切を管轄(付随審査制)
ー現憲法には裁判官を裁判する弾劾裁判所がある

行政官の措置はその職務により憲法上の責任を有する。行政の処分は以て公益を保持せむとする、行政の事宜は司法官の通常慣熟せざるところ。ゆえに行政の訴訟は必ず行政の事務に密接練達なるの人を得る。
例えば、鉄道の工事:当該官庁に請願することを得るも、これを行政裁判に訴えることを得ざる。(中略あり)

「憲法義解」より、行政裁判所の理由づけ

⑤−1、旧憲法にだけある条項
・75条「憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス」
国の変局では憲法改正はできないと定めている
ーGHQの意向が反映された現憲法とは?

・皇室典範52条53条、皇族の懲戒処分や浪費に言及
ー現在の皇室典範にこの記載は見当たらない(別にあるのか?)
ー旧憲法では皇室予算は増額時のみ議会の承認が必要
ー現憲法では毎年予算に計上され、国会の議決が必要

皇族は皇室に対し忠順の義務を負ふものなり。故に皇室に不忠なると、品位を辱むるの汚行とは、ともに紀律を敗るものとし、懲戒の処分を被るべし。皇族特権の一部または全部を停止し、または全部を剥奪す。

皇族蕩産の所行ある時は、勅旨を以て治産の禁を宣告しその管財者を任すへし。

「憲法義解」、皇室典範より

⑤ー2、現憲法にだけある条項
・基本的人権の尊重
ー人は人だから大切にしましょう、という思想
ー人権とは暗黒時代の欧州で生まれた言葉、日本では古事記の時代から常識(8つの理由より)

・家族生活における個人の尊厳、両性の平等
ー「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し、〜相互の協力により維持されなければならない(24条)」
ー当たり前体操
ー両性の、と書いてあるため同性婚が日本では違憲になってしまう

・地方自治(8章)
ー詳細は法律で定める、とだけ記載

*全文を確認したい方はこちら

双方憲法第一章で掲げる「天皇」とは

旧憲法では元首、最上級の最高権力者。現在でも天皇陛下といえば平たく言えば偉い人という意味で変わらないが、行使できる権力はなくなった。

現在では「象徴」。「象徴」って何?

昔は象徴が何を意味するのか全く分からなかった。むしろ生意気も手伝って「なぜ天皇陛下が偉いのか」分からなかった。当時住んでいてた付近におみえになるというので、近所中が湧き立った時も、見には行っても手は振らないぞ!と意味不明な気持ちでいた若年時代。

今は天皇陛下は「偉い」とかではなく「尊い」と思っている

一度も途切れる事なく2600年以上続く世界最古の国、日本。
世界で唯一のエンペラー。

天皇を政治の道具として担いだ時代もあったと思う。それでも途絶える事がなかったのは、当時の人がその「尊さ」を理解していたからではなかったろうか。

まだ記憶に新しい皇位継承、即位の礼には191の国・機関からの参列があったという。日本の歴史を知らないのは日本人だけと言われる悲しい現実。

大日本帝国憲法は悪い?

遠い昔に学校で大日本帝国憲法は悪い憲法、日本国憲法は良い憲法と教えられたのを記憶している(現在の教え方は分からない)。

そんな単純な事だろうか。本書を読むと良い面が良く分かる。ではなぜ「悪い」と教えたのか。何事においても一方では良く、一方では悪いと云う性質はあるもの。そもそも何を以て良し悪しなのか、誰から見た時に「悪い」のだろう、と考える。

日本の祝日で見る憲法

忙しい現代人に貴重な祝日は、あくまで「休みの日」。3連休や長期休暇の1日、余暇や遊びに過ぎない事が多いが、たまには歴史に思いを馳せたい。

2月11日は建国記念の日。紀元前660年神武天皇即位の日。大日本帝国憲法はこの日に合わせて、明治22年2月11日に発布された。

明治天皇は、憲法発布に合わせて、亡くなった岩倉具視、大久保利通、木戸孝允、山内容堂、毛利敬親、島津久光などへ「この日でなければならぬ」として勅使を送ったという。明治維新を導いた西郷隆盛、吉田松陰、佐久間象山などへも贈位。540名の政治犯と言われる志士にも大赦。

日本国憲法は、1946年11月3日(文化の日)公布、1947年5月3日(憲法記念日)施行


国会議事堂の中央広間には、大日本帝国憲法発布50年を記念して四隅に板垣退助、大隈重信、伊藤博文の銅像と、誰もいない台座があり、「政治に完成はない」という思いを込めて作られた。

憲法の歴史は衆議院ホームページにも詳細があります
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/chosa/shukenshi027.pdf/$File/shukenshi027.pdf

憲法の条文は、原則を掲げただけの用語簡短が通常で、文言云々より実際の運用が大切。条文だけでなく、どのような政党性(二党制か多党制かなど)か、選挙制度や中央と地方の関係を理解することも大切のようです。

次は世界の憲法集。知るにつれて知らない事がどんどん増えていく。


岩波文庫100チャレンジ、残り23冊🌟

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