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嫉妬を構造化したらポリアモリーになった。

今日は自分が「ポリアモリーかも」と感じた時の話をしようと思う。

ポリアモリーとは、お互い合意の上で複数の人と同時に恋人的な関係を築く恋愛スタイル。対義語はモノアモリー(恋人は一人という価値観)。過去のシリーズはこちら

■嫉妬に悩まされたモノアモリー時代

モノアモリーは「恋人(パートナー)1人派」、つまり今「普通」とされている恋愛のスタイル。僕も多くの人たちと同じように、人生の大半をこの前提で生きてきた。

一方で、嫉妬という感情に悩まされたのもモノアモリー時代のことだ。
嫉妬とは、不安から生じる感情だとされている。恋人が他の誰かに取られてしまうのが怖いから、自分の恋人に愛情を向ける第三者や、自分以外の誰かに愛情を向ける恋人のことを妬んだり、憎んだりする。
逆に言えば「自分の恋人が他の誰かに取られる可能性はない(少ない)」と理解すれば、不安から生じる嫉妬心はなくなる(減少する)はずだ。
しかし僕の嫉妬は少し違った。恋人が「他の人を好きなることはない」と宣言していて、実際に僕もそう思っているのに、嫉妬心が消えることがなかった。

当初は「他の人を好きになる可能性は0ではないから」という一抹の不安から、恋人が自分以外の異性と食事をしたり、遊んだりすることに対する嫉妬が消えないものだと思っていた。
しかし恋人との信頼関係をどれだけ築いても、どれだけ不安が解消されても消えない嫉妬心があった。その正体がポリアモリーを経験して判明する。

■僕の嫉妬は「コワい」と「ズルい」でできていた

ポリアモリーを知って、ポリアモリーをやってみて驚いたことの一つに嫉妬の解消がある。それは同時に嫉妬の解明にもなった。

自分がポリアモリーのスタンスであることを共有してからの関係で、僕はほぼ嫉妬をしたことがない。複数の恋人が前提となったことで「他の人に取られたらどうしよう」という「不安から生じる嫉妬」の意味がなくなったこともあるが、本質は違う。
嫉妬解消の要因は自主規制からの解放だった。僕はそれまで恋人に気を遣って、恋人以外の異性との食事を断ったり、親しくなり過ぎないよう注意していた。それは自主規制という我慢だった。その我慢をする必要がなくなったことで、僕の嫉妬はなくなったのだ。

ここで「もう一つの嫉妬」の存在が明らかになる。それは「ズルい」だ。

僕の嫉妬は、図のように2つの異なる感情から形成されていた。先ほどから言っている不安からくる嫉妬は「コワい」という感情の嫉妬、もう1つは我慢からくる嫉妬、つまり「(あなたばかり)ズルい」という感情から生じる嫉妬だった。
この「ズルい」という嫉妬の存在によって、僕は自分の中にあるポリアモリー的な価値観に気づくことができた。

■「ズルい嫉妬」はなぜ生まれるのか

コワいとズルい、この2種類の感情にポリアモリーとモノアモリーの前提を掛け合わせて構造にしてみた。

まず2つの嫉妬は全く別の感情であることがわかる。コワいと感じる嫉妬(不安から生じる嫉妬)は、恋人の愛情が他の人に向いてしまうことに対して向かう感情だ。
それに対して「ズルい」方の嫉妬は、恋人が自分がなりたい立場にいることに対する感情だ。ここで伝えたいのは、恋人がポリアモリーだったかではなく、僕にとっての前提が無意識にポリアモリーだったということだ。僕の前提がポリアモリーだったから僕は「ズルい」という感情を恋人に抱いた。前提がモノアモリーであれば、自分以外の異性とも気にせずに遊ぶ恋人に対して抱く感情は「怒り」「呆れ」で、嫉妬と混同する感情ではなかっただろう。
僕の嫉妬心はズルい方の嫉妬が大半を占めていた。だからこそ、不安から生じる嫉妬が解消されても、嫉妬心が消えることがなかったのだ。

■嫉妬の解析で自分の前提を判別する

辞書的な意味でも、嫉妬には2つ意味が書いてある。しかし現在、恋愛関係で生じる嫉妬はその一方しか対象と考えられていない。

しかし、僕にとっては恋愛における嫉妬もこの2種類が共存していた。潜在的にポリアモリーを前提と考えている人が、モノアモリーを前提とされた世界にいると、恋愛においても2種類の嫉妬が共存することになる。

自分の嫉妬を解明することで、僕はポリアモリー的な側面を自認することができた。もちろん、これだけで自分がポリアモリーだ判定するのは乱暴な話だ。また、ポリアモリーは僕にとってライフスタイルの宣言であり、生まれつきどうこうという話ではない。ポリアモリーとして生きるかどうかは、その人の状況や心境によって変わっていい。

しかし自分の気持ちと世間の前提にズレがある時、自分の気持ちを騙してはいけない。僕で言えば、ズルいと思っている嫉妬に気づかず、コワいという気持ちの中に、無理やりズルいを混ぜようとした。結果として「他の人を好きになる可能性は0ではないから」と、恋人を必要以上に責めて傷つけてしまったこともある。

多様な価値観が尊重されはじめた昨今。恋愛関係だけでなく、世間の前提を考え直すきっかけが必要だ。ポリアモリーはその材料でしかない。世間の前提を見直すことで、自分の気持ちを押し殺している人を減らす。世界平和とまではいかないが、僕が大切にしたいのはそういうことなんだと思う。

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