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通天閣本通将棋大会 レポート①【四宮視点】

 友人のVTuberが将棋のリアル大会を行うという話は以前から聞いていた。そのVTuberは公人直人さん(https://twitter.com/KoujinNaoto)と沙久耶さん(https://twitter.com/sakuya_te?s=21&t=CYRMb5czJCEJN7pBGBTq_Q)いう方だ。公人さんはこれまで自分も何度かオフコラボ等をさせていただいていてるし、沙久耶さんも何度もオンラインでコラボさせて頂いている。

 そんな彼が通天閣で将棋大会を主催するという具体的な話が持ち上がったのが7月頃だ。当時ぼくはコミケの原稿にかかりきりで情報すらもまともに集めることができなかったのだが、公人さんはぼくが文章と格闘している間に企画案を練り、クラウドファンディングをはじめ、それを見事達成した。

↑大会の告知画像

 その頃になるともう8月も後半で、ぼくはコミケが終わってほっと一息ついている頃だった。ぼくが家で自分が作った小説に達成感を覚えつつ酒などを飲んでいると、突如公人さんからDiscordで通話がかかってきた。

「今度の通天閣の将棋大会でさ、大会のほかに『将棋×○○』っていうテーマで将棋に関連したいろいろな出し物を開こうと思うんだけど来ない?」

 要約すると大体このようなことを言っていた。当時のぼくはめっきり疲れ果てていたから、大丈夫だがスケジュール的にもギリギリだし疲れてるから原稿が入稿できる保証はない、という話をしておいた。というより疲れていたので適当にサボるつもりでいた。その時の通話はそれで終わりとなった。

 ところが、しばらくして状況が変わってきた。「将棋×○○」で公人さんは漫画家、コンピューター将棋の開発者、モノホンのプロ棋士等のたくさんの方々を呼んだのである。

 そして彼は「将棋×○○」の発表第一弾を私にした。新刊が出るという告知付きで。

https://twitter.com/KoujinNaoto/status/1561954065856155648?s=20&t=Pwi6q2UDeduJuGYp7kPTJA

ヤツは私が原稿を書く気がないことを見抜いていたばかりではなく、尻に火が付かないと物事を一切進めないぼくの性質すらわかっていたのである。

 私は退路を断たれた。


 こうなったらもう書くしかない。

 原稿は(入稿がギリギリとなり荷物を受け取る沙久耶さんに多大なご迷惑をおかけしつつも)なんとか書き上げることができた。原稿をどのように書き上げたかということについては、内容のネタバレにもなるので一旦ここでは割愛させていただく。

 書くべきものが無事に終わったので、次は大阪に行く準備をしなければならない。ぼくがすんでいる大分県から大会が開かれる大阪府までの移動手段で一番便利なのは飛行機だが、余計な金がかかるし搭乗手続きで無駄な時間を使う。陸路で移動しようとすると北九州を経由しなければならず、非常に面倒くさい。

 だから一番楽なのは船だ。大分と大阪を結ぶ定期便が運航しており、それに夕方乗れば寝ているだけで翌朝大阪に着いてしまうという素晴らしい仕様になっている。動くホテルとしてはとても上等で、ぼくのようなズボラにとっては最高の移動手段なのだ。

 それに船旅ほど贅沢なものはない。いつしか僕は大阪に行くとき、船で行くことが習慣となっていた。船の警笛とともに旅立ち、海風を浴びながら、大阪へ向かうのである。

 船内での移動はゆったりとしているところが良い。忙しい日々を過ごしていると、しばし僕たちは、日常の中でゆとりを失っている。小説の締め切りに追われたり、VTuberとして配信したりコラボをしたりしていると次第に疲弊して、小説の質が落ちることとなる。昔の人々は、旅をする過程に何日もかけた。江戸時代の人々は東京から大阪まで53日をかけて向かったという。それが鉄道の発明により一日となり、新幹線の発明により数時間となった。リニアモーターカーが通ればそれが1時間と少しになってしまうらしい。便利なものである。

 そんな世の中だからこそ、船旅は最適だ。一日の仕事を終えてすぐ、港に急いで向かい乗船する。大分から大阪まで、11時間はかかる。やることがないから、自分の船室に荷物を置いて、売店で安い酒とつまみを買い、夜景を眺めながら一杯やる。テラスに出れば塩っ気を含んだ風が身体に吹き付けてくる。街灯りがゆっくりと後ろの方に流れていく。船の中の客は各々、コンビニで買ってきた弁当を食べて居たり、友人と話していたり、iPadで映画を観ていたりする。そう言った皆が旅をしているという雰囲気は、飛行機や深夜バスでは味わうことのできない、船独特のものだと思う。

 文豪たちは船の中を物語の舞台としてきた。ある文豪は巨大な鯨を倒すことに憑りつかれた船長の話を書いた。またある者はキューバに住む老漁師とカジキの戦いを描いた。ただ自分が印象に残っているのはどちらかというと、小説より映画かもしれない。氷山にぶつかって沈みゆくタイタニック号の話は、船を舞台にした物語の中でもトップクラスに有名だろう。弦楽器の奏者たちが沈みゆく船とともに演奏を行うシーンが、特に印象的だった。今ぼくの船室には持ち込んだバイオリンが入っているから、もし何かあってもぼくは詩的に死ぬことができる。

 ふと手元のスマホが震えた。見るとDiscordに通知が入っていた。主催者である公人さんは既に大阪を訪れ、翌日のリハーサルを済ませたようだ。他にも数名のVTuberが前入りしていて、徐々に現地で合流しているようだった。

「私はここにいます」

 音無ちえるさんがそう言って投稿した写真には阪田三吉の記念碑が映っていた。阪田が残した功績が石に掘られていて、その上には大きな王将のオブジェが建っている。将棋の駒と盤は、大阪と歴史をともにしてきたようだ。Twitterでもたくさんのリスナーさんたちが、明日が楽しみだとか、大阪へ出発したという報告を行っている。明日は大きなお祭りがあるんだと思うことができる。

 大阪は特別な場所だと思う。谷崎潤一郎や司馬遼太郎といった数多くの小説家がこの地で小説のヒントを得て名作を生み出してきた。棋士についても同様である。上方の将棋は、東京と双璧を成す。前述した阪田三吉を初めてとする多くの名棋士が歴史に名を刻んでおり、今日でも数多くのプロ棋士さんたちが関西将棋連盟でその足跡を残そうとしている。それに街の雰囲気がとても素敵だ。当たり前のことかもしれないが、大阪は大阪にしかないと、そういう風に感じさせてくれる町はそうそうあるものではない。

 少し酔いが回ってきて、テラス席に出ることにした。時速数十キロで疾走する船が切り裂いていく空気が心地よい。南側に今治の工場が良く目立った。北はあまりよく見えないが、おそらく山口だろう。ものの5分もすれば気持ちよさよりも寒さが優ってしまうような場所だった。さっさと船内に戻ることにする。

 戻ってスマートフォンを見ると、先ほど徐々に集まっていたVTuberたちはひとところに集まり、前夜祭を始めたらしい。乾杯の記念写真を投稿しているようだ。明日の夜、すでにイベントは終わっているだろうが、ぼくもきっとあの輪の中に入ることができる。

 やはり船旅は良い。旅先への過程に時間をかけ、思う存分これからの楽しみに浸ることができるのだから。手元の酒は「八鹿」だ。大分県生まれの名酒である。そういえばいーんちょさんが、大分の酒を欲していた。これを飲んだら、彼への土産の為に追加でもう一本買っていこう。これだけでも小説を書き上げた甲斐が有るというものである。

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