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人間とは 〜『夜と霧』とホロコーストドキュメンタリー

ひと月ほど前、娘が春休みの宿題に本を選ぶというので一緒に本屋へ行き、最終的に選んだのは『夜と霧』でした。

心理学コーナーにあっのをわたしが手に取り、そこから興味を持ったようです。名著であるという知識はあっても、実際に読んだことがなかったので、責任を感じつつ、わたしもあとから読んでみて……。

衝撃とともに無知を思い知り、ここに書くのにも時間を要しました。

「人間とは」

『夜と霧』は、原題『ある心理学者の強制収容所体験』のとおり、ユダヤ人の精神科医で心理学者でもあるヴィクトール・E・フランクル氏の実体験と、極限のなかに見た人間のあり様が描かれています。

〈わたしたちは、おそらくこれまでのどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。では、この人間とはなにものか。人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とは、ガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ〉

「言語を絶する感動」と評され、人間の偉大と悲惨をあますところなく描いた本書は、日本をはじめ世界的なロングセラーとして600万を超える読者に読みつがれ、現在にいたっている。

(中略)

私とは、私たちの住む社会とは、歴史とは、そして人間とは何か。20世紀を代表する作品を、ここに新たにお送りする。

夜と霧【新版】(みすず書房)HPより

冒頭から、想像をはるかに超えた人間描写(心理的にも肉体的にも)が続き、まるで信じたくないけれど、真実と認めざるを得ません。
収容されていた立場でなくては綴れない仔細な、狭い世界の、途方もない期間、先の見えない日々……そこには希望がないどころか、人間であることを否定され続けるのです。生きていても人間でなくなる者も少なくない。

読み進めながらの唯一の救いは「この手記があるのだから、著者は生き延びたのだ」と思えることでした。
数百万の収容者のほとんどが声なき者になってしまったと思うと、奇跡なのか使命があったから生き延びたのか、いずれにしても必読の書でした。後世に伝えられるべきだから。

ユダヤ人の強制収容といえば、それまでの自分の知識のなんと浅はかだったことか。『アンネの日記』を介して一部の悲しい家族の物語を知ったにすぎず、世界史や現代史でその詳細を習った記憶も、ほとんどありませんでした。

点が線でつながるように

けっきょく娘はなんとか読書課題を提出したと言ってたけれど、ほんとうに大丈夫だった? と確認せずにはいられませんでした。
実態を知らなかったという意味ではわたしもたいして違いないのですが、さすがに刺激が強く驚いたかと。

この本で描かれた「人間」の根源的な性質が、いまも世界にある戦争に通じることに気づいたでしょうか。いや、わたしだって、そう簡単にはつながりません。

ただ、本を読んだことで、なにかピンポイントでも心に留まるものがあれば、大きな意味があります。あとで必ずなにかと繋がると思うのです。

わたしはこれまで知らなかったのだから、悠長に構えてもいられず、すぐに線を引きたくなります。別の視点からの学びを求めて、さっそく教材を探しました。

『アウシュビッツ ナチスとホロコースト』

BBCが2005年に製作したドキュメンタリー(全6話)が、まさにわたしの求めていたものでした。

この番組は、そこで何がどのように行われていたのか、資料を検証し、証言を盛り込み、できるかぎりを明らかにしていました。
現代の収容所跡地の映像に重ねて、記録映像や写真もふんだんに盛り込み、ナチス親衛隊(SS)の将校たちの様子は再現ドラマで描かれています。

証言者には、ユダヤ人被収容者のほか、ポーランドの政治犯やソ連の捕虜として収容された生存者など、あわせて収容所勤務だったSSもいました。そうした双方の証言も含めて、このドキュメンタリーでも「人間とは」が問われていることに気がつきます。

このドキュメンタリーは出来が良すぎて、正直驚きました。『夜と霧』の前提となる史実の理解が格段に進みました。
WOWOWオンデマンドやHuluにもあり。

どの立場で見るのか

ちょうど先週のNHK『映像の世紀 バタフライエフェクト』は、ナチス崩壊後のベルリンがテーマでした。

ユダヤ人を迫害した側であり、ナチスを支持した当時のドイツ国民が、敗北後にどうなったのか。アウシュビッツを知った直後には、自業自得といえなくもなさそうだけれど、そう簡単ではありません。

連合国がどんな制裁をしたのか、正と悪は逆転したのか、そのほとんどが想像できていないことでした。
ここでもけっきょく「人間とは」が問われていました。

これからみるべき映画メモ

映像でもっと見たい、知りたいと思ったら、やはり映画でしょう。

映画では『シンドラーのリスト』(1993年)が、実話をもとにホロコーストを描いた作品としてもっとも有名で評価も高いでしょうか。遠い昔に見たおぼろげな記憶しかないので、再見必至です。

ドイツや隣国ポーランドだけの問題ではなかったことも今回の学びです。ヨーロッパ全体で各国がなんらかの形で関与していたことを描く映画もありました。

以下の実話ベースの2本と、ドキュメンタリー1本は近年の作品として、機会を見つけて、ぜひ見ておきたいです。

▼『ホロコーストの罪人』

2020年製作/126分/PG12/ノルウェー 公式サイト

▼『ウォーキング・ウィズ・エネミー ナチスになりすました男 』

2014年製作/113分/アメリカ・カナダ・ルーマニア・ハンガリー合作

▼『ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言』

2020年製作/94分/G/アメリカ・イギリス合作 公式サイト


また、そもそも『夜と霧』という本のタイトルは、フランスの巨匠ルイ・マル監督が1955年に初めてアウシュビッツを描いたドキュメンタリー映画『夜と霧』からきているといいます。
戦後10年でできた貴重な資料でもあり、傑作と名高いようです。

まとめて見るとまいってしまいそうなので、すこしずつ。
壮大過ぎる問いは、自分なりに考えつづけるしかありません。


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