リモート勤務 vs.オフィス勤務問題の終焉
iCAREの山田です。
オフィス出社への振り戻しについて、SNS上で様々な意見や感想を見ることが多いのですが、オフィス勤務の方が生産性が高いだの、いやリモート勤務の方が子育て世代には合致するんだみたいなものは、「意味ある議論ではない」と思っています。
パンデミックを契機としてリモート勤務が急速に普及しましたが、今再びオフィス勤務が求められ始めています。この変化の背景には、仕事の生産性、創造性、緊急イレギュラー業務への対応、チームの結束、一部は地域雇用における税制優遇など多くの要因が複雑に絡み合っています。しかし、リモート勤務かオフィス勤務かという単純な二者択一の議論はもはや本質を捉えていないと思います。この問題にどう終止符を打つべきかについて詳述します。
1. パンデミックが働き方にもたらした変化
2020年、COVID-19パンデミックはリモート勤務の普及を劇的に促進しました。特にテクノロジー企業は、リモート環境に迅速に適応し、多くの従業員が自宅からの勤務を続けてきました。この状況はパンデミック初期に「新しい働き方」として歓迎され、生産性の向上や通勤時間の削減、ワークライフバランスの改善といった効果が強調されました。
一方、ポストコロナの段階に入り、いくつかの企業はオフィス勤務への回帰を推進しています。例えば、GoogleやMicrosoftなどの一部のテック企業では、オフィスに戻ることが生産性やチームの協働に良い影響を与えるとする声が多く、オフィス出社を徐々に再導入しています。
オフィス勤務と激務を課すイーロンマスクのメッセージもつよつよです。
アメリカのAmazonで働いている方のnoteも面白いですね。
こうした動きの背景には、経営者を中心とした「オフィス勤務の方が生産性が高い」との見解があり、リモート勤務が社員のエンゲージメントやコラボレーションに悪影響を及ぼしている可能性が指摘されています。
2. リモート勤務の成果と限界
リモート勤務が生産性を向上させるという研究結果は数多く存在します。スタンフォード大学のNicholas Bloom教授らによるCtrip(中国の旅行代理店)を対象としたランダム化比較実験では、リモート勤務の従業員がオフィス勤務者に比べて13%の生産性向上を示しました。コールセンター業務の特性に適したリモート勤務環境が、休憩や通勤の時間を削減し、集中力を高めることに寄与したためと考えられています。
一方、英国でのMcKinseyの報告によると、リモート勤務が必ずしもすべての業務に適しているわけではないことも明らかになっています。不確実な対応が求められる仕事やクリエイティブな業務では、対面での迅速な意見交換やフィードバックが重要であり、オフィス環境での協働が優れているとされています。また、警察や医療のように、緊急対応が求められる職務においては、現場での迅速な行動が欠かせず、遠隔での対応には限界があることが確認されています。
ここで強調しておきたいのは、リモートかオフィスかという二元論ではなく、業種業界や業務内容によってこの働き方の相性が決まるということです。 ※個人特性も存在しています
3. 健康、ウェルビーイングと職場環境の重要性
リモート勤務とオフィス勤務のどちらが優れているかを単に生産性や創造性だけでだけで評価することも危険です。企業が、従業員の健康(身体的・精神的・社会的)にも満たし、ウェルビーイングを重視し、従業員体験を向上させることで、中長期的な成長に繋げることも現代において無視できません。オフィス勤務のデメリットは、通勤時間がムダであることが従業員にとってのワークライフバランスを損ねることが中心ですが、リモート勤務では孤立感や支援しにくいストレスが問題となることが多く、社内における情報がサイロ化して、限られた人としか会話しないことは有名です。
障がい者や家庭での介護をしている従業員にとっては、リモート勤務が効率的かつ健康的な選択肢となる可能性があるかもしれません。
このようにオフィス勤務にもリモート勤務にもデメリットが存在し、そのデメリットとメリットを、企業カルチャー、業種業態、従業員の業務内容、従業員の慣れ度合い、プライベートの環境要因、人事戦略としての目的など様々な観点から評価しないといけません。
4. 理想的な働き方とは?
リモート勤務とオフィス勤務の二者択一ではなく、双方の長所を取り入れた「ハイブリッドモデル」が、多くの企業でも取り入れられていると思います。McKinseyの調査でも、ハイブリッドワークを採用した企業が、従業員の生産性を維持しつつ、満足度を向上させることができたと報告されています。
経営者視点からすれば、「継続的な高い成果を出すこと」×「働き続けること(従業員体験の向上)」をいかに設計するのかが重要になっている中で、リモート勤務であっても、フル出社であっても、ハイブリッドであっても高い成果と従業員体験向上の実現を経営戦略と人事戦略に伴走していればどれも正解なのではないでしょうか。そういう意味では、同じ企業でも状況に応じて、変わっていくべきだということでもあります。
5.結論
リモート勤務とオフィス勤務の優劣を競う議論は、無意味であることが伝わりましたでしょうか。重要なのは企業や組織が、従業員一人ひとりの職務内容と健康に応じて、最適な働き方を構築する柔軟性を持つことです。
読んだ方がいい参考資料
在宅勤務で個人の生産性はどう変わるか (2023, RIETI)
コロナ前後での様々な論文を検証し、労働者の生産性が結果的にどうなのかをわかりやすく分析してくれています。ハイブリッド型の特徴や日本の製造業を対象にした研究結果も紹介しています。在宅勤務頻度と主観的生産性との関係は興味深いです。ポストコロナ時代の新しい働き方~在宅勤務は果たして普及するのか
日本の大手製造業4社において在宅勤務の日数別生産性や生産性が下がる要因が分かりやすいです。特にインフラの未整備に伴う生産性低下や過度な集中力の高まりの結果、疲労しやすい点は想定通りの結果です。Does Working from Home Work? Evidence from a Chinese Experiment (2013, Nicholas Bloom)
Ctripという会社を舞台にコールセンター業務における離職を防げるのか?から始まったリモート勤務 vs. オフィス勤務。ランダム化研究で極めて興味深い内容なので必見です。What’s next for remote work: An analysis of 2,000 tasks, 800 jobs, and nine countries (2020, McKinsey Global Institute)
9か国・800の職種・2,000の仕事からリモート勤務の可能性について分析した大作です。また新興国と先進国との差や多くの企業で25%くらいはリモートできますよなど示唆深い内容です。諸外国における雇用型テレワークに関する法制度等の調査研究 (2022, JILPT)
ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、EU/ILOの雇用型テレワークに関する法制度や実態に関する調査。コロナ渦という時期的背景もありますが、テレワークで発生する労働者の様々な問題を確認することが出来ます。長時間通勤とテレワーク (2018, RIETI)
こちらもRIETIの古めの研究ですが、日本において通勤が女性に対してどのように忌み嫌われるのかデータで示してくれています。長時間通勤は、賃金プレミアムが存在する点は驚きでした。