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①先生、話が違います


みなさんの高校の文化祭の思い出はどんなものだろうか。
ぜひエピソードを教えて欲しい。
面白いものは僕のコメントも添えていつかブログにまとめたい。

読者の方々が考えている間に僕のエピソードを話そう。
今日もコーヒーがうまい。



ん・・・?

ちょっと待っていてくれ。



お待たせした。


コーヒーの香りを嗅いだらうんこの匂いが混ざっていたので猫のトイレに行ったら今日も立派な床うんこが置いてあった。今片付けてきたところだ。
うんこを飲んでいるところにコーヒーの話などしてすまない。では話を続けようか。



高校2年、私は特進クラスの横暴(?)に耐えきれず一つレベルの低いノーマルクラスにいた。
2015年、超ウルトラ大問題集団、伝説の2年6組が産声をあげた。


マジで大問題クラスだった。荒くれ者を集めたスラム街である。
私はやっと「自分の好きな方法で勉強ができる」と生意気すぎるひねくれ方をして勉学に打ち込んでいたのでギャングには加入していなかった。
完全にクラスカーストの外にいた。


振る舞いは隠キャっぽいが、ギャング達とも仲がいい。
一軍には勉強を教えていたので仲良くなれた。
二軍には普通に話の合う友達が多かった。
アニメや漫画の話が合って最下層とも仲が良かった。
学級委員として面倒後な決め事は手っ取り早く決めていた。
今考えれば黄金時代と言っていい。
(僕は英語も1番伸びた時期だったので校内偏差値で120とか出ていた。そのくらい特進とノーマルでレベルに差があった)

特進クラスから降りてきた僕にとって、2年の勉強は難度を極端に下げた復習だった。
(1年のうちになぜか数Ⅱが終わっていた。信じられん)



ギャング達はクラスの傘立てを壊し、隣のクラスと入れ替えそれも壊すなどをしていた。
空気清浄機の中に牛乳を投入し腐らせ、世界にただひとつの家庭用空気汚染機の開発に成功していた。

進学校にいた人は、もしかしたら彼らのような人を煙たがっていた人も多いかもしれない。
だが彼らはひとえに勉強が嫌いな訳ではない。


授業と教科書で進んでゆく日本教育に自分の歯車が合わないだけだ。
ひとつひとつ丁寧に、時に何かに例えたりして教えれば理解はとても早い。
理解してしまった後のギャングの応用力は、時に真面目ちゃんのそれを遥かに凌駕する。


勉学を語れる立場ではないが、彼らは考え方や物の見方がちょっと違うだけだと思う。
はしゃいでいる姿は嘘ではないが真実の片面に過ぎない。


ギャング達に囲まれ、3年に1度の文化祭を迎えた。
当初お化け屋敷に決まっていたと思う。
ありがちだがそうと決まれば楽しみなものだ。

しかし準備も本格的に始まろうとしたある日、担任が暴走する。


どうも。 サッと読んでクスッと笑えるようなブログを目指して書いています。