【断片小説】東京の術師達の物語13
「それはできない。」
四戸は一言だけ答えた。
この捜査から降りることはできないと言うか。
今回の事件は四戸にとってかなり危うい。自分の父親がどういう立場かはまだ不明だが、もしかしたら容疑者になるかもしれない。
そんな状況で私情が入った捜査でもされたらこっちはたまったもんじゃない。俺がコイツの都合に振り回されることは避けたい。
それに、ここまで頑なに捜査に参加しようとしているのを見ると逆にコイツも怪しく思えてくる。そのことを四戸は分かってやっているのか?
少し四戸を疑いながらも四戸が降りるべき理由を伝えてみる。
「普通にこの件から降りたいって上に言えばいいだろ。お前の親父が被害者か容疑者かわからなくなった。だから私情が入る前に降りますって言えばいいだけだろ。」
はっきりとものを申す四戸のことだ。いくら階級社会とは言え、自分の意見を上に伝える度胸くらいはあるだろう。
そもそも、被害者が身内の人間に捜査を振ること自体が間違っている。本当に宵業は四戸に捜査を命じているのか?
四戸が何か嘘をついていて隠そうとしているか。
疑心暗鬼になりかけた時、着信音が鳴り響く。俺のだ。
出るかどうか迷っていると、四戸が右手を上に向けて電話に出てもいいとジェスチャーしてくる。
俺は四戸の動きに警戒しつつも電話に出ると係長の声が聞こえた。
『ニッシ〜!今四戸といる?』
嫌な予感がした。
俺が誰といるのか確認されているという事実を四戸が知ったら、もし四戸が黒の場合、奴は逃げるかもしれない。いや、俺を襲うかも。
俺は電話の相手が係長だと気づかれないように装うことにした。
「何?姉ちゃん、そうだよ、俺いま仕事中。」
係長は察したのかすぐ本題に入る。
『四戸と一緒だな?気をつけろ。宵業の頭領に確認したところ、四戸凛という術師は宵業に存在しない上に、どこの宮廷にも仕えていない。』
マジかよ…。
「弟の誕生日?ああ、そうだな、そういう時期だな。で、なに、俺は今年どうしたらいいのよ?」
俺は係長に指示を仰ぐ。
『四戸を確保しろ。林たちがお前の車のGPSを追って応援に向かった。あと5分ほどで到着予定だ。』
「おっけー。そんじゃ俺はとりあえず仕事に戻るわ。」
通話を終えてスマホをスーツの内ポケットにしまうと、四戸が聞いてくる。
「誰から?」
「俺の姉。」
「お姉さんはなんて?」
「弟の誕生日に何をプレゼントするかって電話。」
緊張感に似つかわしくない会話。
コイツが俺に興味を持つはずがない。こっちも怪しまれてる。
俺が今やるべきことは一つ。林たちが到着するまで四戸をここ留めておくこと。とにかく、時間稼ぎをしないと。
俺は四戸にもっともらしい質問をしてみる。
「ところで、この棺には何が入ってたんだ?」
四戸は険しい顔で腕組みをする。
それはどういう意味なんだ?腕組みってことは話したくないってことか?いや、大抵のことには物怖じしない四戸がそんなあからさまな態度を取るはずがない。これは俺が試されてるのか?
とりあえず俺も真剣に考えてるフリでもしよう。
「もし渡邉の犬火葬事件と今回の事件に関係があるのなら、今回も封印が解かれた物あるいは人がいるはずだ。それはこの棺に入っていた可能性があるよな?」
四戸は腕組みをしたままあたりを見回す。
「俺とお前の足跡の他にもう一つ足跡がある。この棺から出たのは人だろう。」
俺は足跡を確認するため、四戸から地面へと視線を移す。棺の周りには俺の革靴と俺より一回り大きい四戸の革靴の跡の他に、俺たちが入ってきた方向とは反対の方向へ向かう少し小さめの裸足の足跡があ。その足跡を見た俺は鳥肌が立つ。
明らかに一人、この棺から出て行った形跡がある。
「リアルウォーキングデッド…?!」
「リアル?なんだって?」
コイツはウォーキングデッドを知らないらしい。あの超有名ドラマ知らないなんてありえない。
俺は首を振った。それは呆れというより諦めだ。やること話すことが俗世に興味がない修行僧のように浮世離れしてるこの男が、人気ドラマなど知るはずもないか。
俺は四戸のために言葉を言い換えて、先ほど想像した受け入れたくないおそらく現実であろうことを言語化する。
「ここに入ってたのが人だとしたら、死人が蘇ったのか?」
「そうなるだろうな。」
「なんでお前そんな冷静なんだよ?!」
なんでだ?ここに入ってた人間を知ってるからか?
「一応聞くけど、ここに誰が入ってたか知ってたりする?」
「…検討はつく。」
マジか。コイツ自分で黒だと認めたのか?
俺の四戸を見る目が一瞬で容疑者を見る刑事の目に変わる。それを四戸も読み取ったのだろう。
四戸と俺の間に緊張感が漂い、突き刺すような沈黙が訪れる。おそらくどちらか一方が少しでも動くと戦闘始まるムードだ。
俺は呼吸を四戸に合わせて集中する。瞬きしてる暇なんてない。コイツは瞬時に場所を移動できる。もしそれで間合いを詰められたりでもしたら俺は終わる。俺にはそんな瞬間移動する術なんて持ってない。
この真剣で斬り合うような緊張感。
誰か。早く来てくれ。林、早くしろよ。
これほど林の到着を待ち侘びたことはないが、今の俺に取っては唯一の希望の光だ。
俺が願っていると車のエンジン音とタイヤが砂利を踏み締める音が聞こえてきた。
四戸もその音に気付き、警戒の対象が俺から外へと切り替わる。
俺も耳を立てていると車のドアの開閉音が聞こえ、複数人が砂利の上を走る音が近づいてきた。
その足音はこの家屋の床を歩き回る音へと変わり、徐々に足音が大きくなってくる。
しばらくすると足音が止まり、床が軋む音だけが聞こえてくる。誰かが忍び足でこちらに向かっているのだろう。床への入り口のドアは開けっぱなしだ。
スマホのライトで足元を照らしてはいるが、床下へと差し込む光は入り口の光しかない。その光に人影が一人映り込む。
影は徐々に大きくなり、階段から足が見えた。
派手な紫の生地に白と黄色のチェック柄が入った派手な靴下にダブルモンクストラップのワインレッド色の革靴。
この趣味の悪いファッションは林に間違いない。
そう確信した俺は四戸の背後に回り確保の体制に入る。四戸の陰から林が階段を降りてくるのを見ている。
林は四戸を確認声をかける。
「四戸さん、スカイツリーの現場ぶりですね…その棺はなんですか?」
林はそう言いながら部下たちと共に四戸の周りを囲う。俺は四戸の真後ろ。
林と林が引き連れてきた術師たちがそれぞれ自身の得意な術式で四戸を確保しようと印を結びターゲットに狙いを定めた瞬間だった。
四戸は俺の後ろに瞬間移動して俺の首元にどこから出したのか懐刀を切りつける。
林達もどよめくのが見えた。俺は林に静止をかけて四戸に声をかける。
「お、おまえ、自分が何してるかわかってるのか…?」
俺はこんなピンチに陥ったことがない。人質に取られるような事件を担当したことがないというのが正しいが。
四戸は焦る様子もなく落ち着いている。こういう状況は慣れているのだろうか。
四戸は舌打ちをした後に林達に術式を発動し、文字通り目の前が真っ白になった。閃光弾のような類か。
その直後、四戸は何やら唱える。
「目を閉じろ。」
四戸がそう言った瞬間、目の前が歪み、激しい頭痛と吐き気が襲ってきた。
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