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【断片小説】東京の術師たちの物語②

帰り道の後半は妖霊の恐怖なんて忘れていた。俺の歌姫テイラー・スウィフトのおかげだ。鼻歌まじりに警視庁妖霊部の部屋へ帰ると係長と目が合う。
 彼女は石留あかね。男社会の警察には珍しい若い女性管理職だ。国が女性管理職を増やそうとしているから、というのもあるが、そもそも、妖霊部という特殊な人間が集まり特殊な事件を担当できる者は限られる。

 男で優秀な術師は大抵、名家旧家で正統後継者として家業を継いでいる。それか宵会や宵行に所属して任務を請け負っているか。
 ここは俺のような一般家庭から派生した術師や家を継げなかった術師が集まる。ただ強いだけではダメなのだ。目の前の現象を理解し、一般市民を妖霊の悪影響から守らなければならない。特殊な能力が必要な上にそれなりに頭も体も使う。
 最も大きい理由は、男が優先だとか強いだとか言ってるほど人材が充足していないからだ。

 自分の席に着くと石留係長が俺の席にホカホカの肉まんを持ってやってきた。
「おかえり!無駄足踏ませてごめんね〜ハイこれ肉まん!」
「いえ…ありがとうございます。」
 差し出された肉まんを受け取る瞬間、彼女の掌が橙色に光っているのが見えた。先ほどの電話で言っていた「温めて待っている」は本当のことだった。
 石留係長は火の気を引く術師だ。こうして食事を温めたり、冷めたコーヒーを煮沸したり便利な使い方をしている。
「係長の術式、便利ですね。俺も欲しいな〜。」
「そんないいものでもないよ〜。」
 係長が微妙な顔をしていたが、俺はその意味がよくわからなかった。仲間とはいえプライベートなことを深く探るつもりはない。が、職業柄そういったことはどうにも引っかかってしまう。

 引っかかるといえば、今日の現場、もう俺の担当から外れたが事前に調査した資料があったことを思い出し、PCを開く。
 火災が起きた日、たまたま当直勤務で無線を聞いていた。その時から妙な違和感があり、住所をもとに家主のことや関連事件が無いか無意識にチェックしていた。
 秋になり冬が近づくと火災は起きやすい。火の不始末もあるが、大体増えるのが収れん火災。ペットボトルや鏡など透明な球体状のものに屈折した太陽光が一点に集中し、火の手が上がる。小学生の時に理科の実験でやった虫眼鏡で紙を焼くあれだ。
 冬になると太陽が低くなるため、夏には届かなかった場所まで部屋に太陽光が入ってくる。
 だが、この家主がそんなミスを犯すはずがない。だって軍人よ?しかもレンジャー部隊。
 引退後に山に籠る軍人という情報だけで訳ありだろうし。何者かに襲撃されたのかなと思わざるを得ない。
 じゃあ、山奥に篭った理由は?俗世から離れたいから?誰かから身を隠すため?だが何かがあれば身の危険を感じて通報の一本や二本は入れるはず。
 しかしこの一年以内で家主からと思われる通報はない。火災が起きた時も家の火災報知器が作動したことにより管内に通報された。
 警察に知られたくない何かを知っていたか、何かをやっていたか。情報を検索すると怪しい匂いがプンプンしたのを覚えている。もしかしたら、妖霊部に回ってくる事件かもしれない。上辺の情報を調べながらなんとなくそう思っていた。
 俺の予感は的中したってわけか。あの壁に貼られた真新しい呪符、各部屋に張り巡らされた結界。俺がこっち側の事件だと確信したのは、遺体があった場所が1番延焼していたということ。
 その部屋は全体的に燃えた後があり、遺体のあった場所が最も炭と化していた。
 つまり、火元は遺体だ。生きながら燃やされたのか、死んだ後に燃やされたのかは分からないが。惨いやり方だ。
 “燃やす”というやり口は、火の気を引く術師か妖霊か。同じ気を引く術師が石留係長だ。きっと係長も気づいているはずだ。聞けば答えてくれるだろう。勘繰ることなく優しく素直な方だから。 
 だが、この捜査権はもう妖霊部にはない。一線は決して越えないのがうちの係長だ。勘繰らなくても良いよう、関係が無くなった瞬間に関心を捨てる。余計なことに首を突っ込むことはしない。自分を詮索されらくないからか、他人のことも深追いはしない。悪く言えば、冷たい人だ。
 だからこそ若干28歳でその地位にいるんだろうけどな。俺は係長に良くしてもらっている。そうやって俺たち部下を守っているのだろう。
 じゃあ尚更ダメだ。俺の好奇心に係長を巻き込むわけにはいかない。自分の部下に自分のポリシーに反することを頼まれても困るだろうし。上司とは言え俺より年下の女性だ。レディを困らせることはできんな。係長に聞くのはやめよう。

 俺は係長に尋ねたい欲を抑えて過去の事件や宵会の名簿を確認することにした。何かを知っているであろう人物や怪しい人気をピックアップしていった。終わった頃には日勤と夜勤が入れ替わっていた。係長や周りの同僚は帰ったのだろう。気づかなかった。それだけ集中したからか。
 ひとまず調べた情報を式神に読み込ませた。本来、捜査資料は持ち出し禁止。だが、妖霊部に限っては別だ。何故なら、他の術師や妖霊からの情報収集や捜査協力が必要だからだ。それには資料をなんらかの記憶媒体に写して持ち出すしかない。記憶力は良い方ではないからな。
 タブレットや電子機器などは術師とは相性が悪い。呪力が強すぎると電気製品はショートすることがよくあるからだ。
 俺たち妖霊部の刑事は普段は呪力を外に出さないようにコントロールしているが、時には妖霊や術師と戦闘しなければならない。その時は呪力を解放する。すると、スマホやらタブレットやらは故障することが多い。
 仕方のないことではあるが、事件が起こるたびに毎度修理に出されては経費が重む。だから紙か術式で資料を持ち出すのが手っ取り早い。

 情報を読み込み終わった式神を終い、退勤する。帰り道に王将に寄りご飯を注文する。何せ突然山奥まで駆り出され今日は一日何も食べなかったからな。いや、食べたか、係長からもらった肉まん。だがそれだけじゃ俺の腹は膨れん。
 料理が運ばれるまでの間、帰ってからのスケジュールを決める。まずは即シャワー、その後今日調べた情報の関連図を作り、現場で見たあの呪符がどこに関係あるのかを探る。よし、これで行こう。
 予定が完成したところで天津炒飯が運ばれてくる。俺の大好物だ。これさえ食べれば今日の立川までの無駄足も報われる。
 腹が満たされた後は足取り軽く社宅に帰り、先ほどの予定を実行する。
 ベッドに横になり、空中にデータを投影させる。座ろうと思ったが
関連のある人物や事象を選り分けて線で結んでいく。すると、ある集団が背後にチラついてくる。
「火焔宮…火の妃の護衛たちが何をしている…」
 火の王を守るため、火焔宮に仕える術師がいる。
 帝には五行のそれぞれの気を引く王や妃がいる。五行揃って初めて帝が帝たりえる。一人でも欠けてはならない。帝は王や妃を守るために各宮廷に術師を配置した。その後現代に至るまで続いているこの習わし。
 王妃の座を狙ってか帝を狙ってか分からないが、知らないところで何かが動き出しているような気がした。ああ、なんて厄介な…。
 そう思うと同時に睡魔が襲ってきた。ベッドの上で資料を見ていたからだろう。眠気には抗えず俺は瞼を閉じた。

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