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劉慈欣『三体Ⅱ 黒暗森林』を読み終えて

全世界で2900万部を突破するベストセラーとなった中国発のSF小説『三体Ⅱ 黒暗森林』を読み終えた。『三体』は三部作なので、本作は中巻となる。ハードカバーの上下巻、合わせて約700ページあった。

昨年発売された前作『三体』を読んで既に「生きているうちにこの作品を読めて良かった」という気持ちになったが、今作は前作を遥かに超える壮大なスケールで物語が展開した。

物語は当然つながっているが、主人公は代わり、時代も大きく変わった。前作に引き続き新たな「概念」や「技術革新」が多数登場し、何度「そうきたか〜!」と思ったことか。しかしいずれもリアリティのある発想で、現実の未来を見ているかのような臨場感がある。そのため、没入感が半端ない。自分が一市民として、物語の世界に生きているような錯覚を起こしてしまう。

大森望さん監修の翻訳も素晴らしく、読みやすい。また伏線回収も実に見事で、読み終えたときには気になっていたこと全てがスッキリとしている。「この先の展開は読者の想像にお任せします」的な部分がほとんどなく、個人的にはとても気持ち良い体験になった。それは前作でも共通していた。

作者・劉慈欣(りゅう・じきん)の発想力と構想力、それらを支えるあらゆる分野への知識は恐ろしく、ひとりの人間がここまでの世界観を生み出せるものなのか、と書き手としては畏敬の念を抱くとともに絶望感にも苛まれた。

今や大きな書店へ行くと「中国SF」のコーナーが生まれているが、ひと昔前にはそういうコーナーはなかった。劉慈欣の成功が状況をガラリと変えてしまった。

『三体』のヒューゴー賞(SF最大の賞)受賞により、中国ではSFが国家戦略のひとつとして取り上げられるようになったという(それ自体SFのような話だが)。

ひとつ悲しいのは、この作品が2008年には中国で刊行されていたという事実だ。英語版でヒューゴー賞を受賞したのも2015年のこと。日本ではようやく2019年に『三体』の第一作が発売されたが、どうしてこんなにかかってしまったのか。こうした「タイムラグ」はテクノロジー面が目立っていたが、文化・芸術面でもたくさんあるのかもしれない。2〜3年ならまだしも、10年経っている。Amazonのレビューでも出版時期の指摘があり、大いに共感した。

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「死ぬまでに読みたい小説」という企画があったら、ぼくは間違いなくこの作品を入れる。前作だけでも既に13万部以上売れていて、日本では大きなベストセラーとなっているが、それでもまだ13万部。この作品の価値はそんなものではなく、まだまだ多くの人に読まれるべき作品だと思う。物語の展開に驚かない読者はいないだろう。21世紀を代表する傑作であることは間違いない。

「中国発」と聞いただけで敬遠する人もいるだろうから、「中国SF」というより「世界文学」として、口コミでもなんでもいいから広がってほしいなと思う。歴史、政治、科学、宇宙、戦略…と様々な要素が盛り込まれた「教養書」でもある。

ネタバレはしたくないが、『三体』(1巻)の公式のあらすじだけ紹介したい。ひとりでも多くの人にこの作品を読んでもらいたい。

物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。数十年後。ナノテク素材の研究者・汪森(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体“科学フロンティア”への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象“ゴースト・カウントダウン”が襲う。そして汪森が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは?

最終巻となる『三体Ⅲ 死神永生』は2021年夏頃発売予定。どんな展開が待ち受けているのか、今からとても楽しみだ。


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