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「睡眠と腸内細菌叢」 〜⑵概日リズム・睡眠と腸管・腸内細菌〜 について

こちらの続きです。

概日リズムは中枢性のリズムのみならず、肝臓や消化管などの末梢臓器にも存在することが知られている。

腸管における遺伝子発現の30%程度が概日リズムを示すことが報告されており、腸管上皮の増殖、腸管透過性などに概日リズムが認められ、腸管で合成分泌されるリポ蛋白の血中濃度にも概日リズムが認められる。

発現は特に下部消化管、大腸に多く、また、その発現部位は、粘膜固有層ではなく上皮層が主である。

最近、腸内細菌の日内変動が複数のグループから報告された。

6 時間ごとの検討で、マウスにおいてはClostridales(クロストリジウム目)Lactobacillaes(ラクトバチルス属)が日内変動を示すこと、種レベルではLactobacillus reuteri(ラクトバチルス・ロイテリ)が暗期に減少し、Dehalobacterium(デハロバクテリウム)は増加するという日内変動を示すことなどが報告された。

この腸内細菌の日動変動にともなって、腸内細菌によるビタミン代謝や核酸代謝などにも日内変動が認められ、 DNA修復や細胞増殖、ムチン分解は暗期に、細菌の運動やセンシングに関するパスウェイは明期に優位となっ ていた。

それぞれの報告により、明期と暗期に増減する細菌種は必ずしも一致を見ないが、これはマウスの種や環境の違いを反映していると考えられる。しかしいずれの報告でも、複数の腸内細菌種が日内変動を認めることが明らかとされた。

腸内細菌の日内変動は、時計遺伝子を欠損したBmal1欠損マウスや Per1/2 欠損マウスでは認められず、前述の細菌機能の日内変動も認められなかった。

このことから、腸内細菌の日内変動は時計遺伝子の支配を受けていると考えられた。しかし、Per1/2欠損マウスにおいても、時間を定めた食事摂取を行わせることで腸内細菌の日内変動は再現された。

したがって、腸内細菌に日内変動を生じさせる因子としては、時計遺伝子と摂食が存在し、摂食が腸管のリズム形成により重要であると考えられた。


腸内細菌と時差ボケと睡眠障害

腸内細菌が時計遺伝子の支配を受け、かつ日内変動を示したことから、時差症候群、または睡眠時間を短くするなどの睡眠障害を起こす介入により、中枢時計の概日リズムを変化させることによる腸内細菌への影響が次に検討された。

明期と暗期を1週間ごとに変更する睡眠障害をマウスに与えたところ、大腸でのPer2発現の概日リズムが消失し、高脂肪高糖質食投与時に対照群に比較して、腸内細菌叢は門レベルで Firmicutes(フィルミクテス)の増加、Bacteroidetes(バクテロイデテス)の減少が認められた。

また同様の睡眠障害により、腸管透過性が亢進し、血中LPS濃度が増加することも報告された。他にも明期暗期のサイクルは変えずに、触覚刺激により睡眠障害をもたらす介入によっても、4 週間の睡眠障害により、Lachnospiraceae(ラクノスピラカーエ)とRuminococcaceae(ルミノコッカス科)の増加、Lactobacillaceae(ラクトバチルス科)、Bifidobacteriaceae(ビフィドバクテリア科)の減少が認められている。

この腸内細菌の変化は、睡眠障害を中止して2週間後には消失していた。

腸内細菌の変化は、腸管内代謝産物の変化をもたらし、睡眠障害を来したマ ウスの腸管内では、D- マンノース、クエン酸、プロピオン酸の利用低下が観察された。

睡眠障害マウスの腸管内容物はin vitroで腸管細胞株のバリア機能を低下さ せたことから、睡眠障害マウスの腸内細菌は、腸管バリア機能障害を引き起こしている可能性が考えられた。

これらのマウスの腸内細菌を無菌マウスへ移植したところ,睡眠障害を来したマウスの腸内細菌を移植された無菌マウスでは,IL-6 などの催炎症性サイトカインの血中濃度が増加を認め、インスリン抵抗性の増悪が認められた。

またマクロファージなどの細胞膜に存在するLPS 受容体にLPSを輸送するLBPの血中濃度も睡眠障害マウスでは増加を認めていた。

このことから睡眠障害モデルでは、腸内細菌叢の変化と腸管バリア機能低下が生じ、血中へのLPS流入が増加していると考えられた。


ヒトにおいても腸内細菌の日内変動が検討され、Parabacteroides(パラバクテロイデテス)や Bulleida(ブレイディア)は日中に増加し夜間に減少する。

Lachnospira(ラクノスピラ)は日中に減少し夜間に増加するなどの変動が認められることが明らかとなった。

被験者に 8 時間程度の飛行機による移動により、いわゆる“時差ぼけ”(時差症候群)を引き起こすと,被験者の腸内細菌では Firmicutes の増加,Bacteroidetes の減少が生じ、その“時差ぼけ”中の被験者の腸内細菌を無菌マウスに移植すると、平常時の腸内細菌を移植されたマウスに比較して体脂肪蓄積の促進、耐糖能の増悪が認められた。

飛行後 2 週間経過し、時差症候群が解消した時の被験者の腸内細菌では、この腸内細菌の偏りは解消し、個人特有の細菌叢に回復していた。

健常者 9 名に睡眠時間約 4 時間を 2 日間と,約 8 時間を 2 日間にする介 入を行い、睡眠以外の日常生活を等しくなるように介入 する無作為クロスオーバー試験が行われた。2 日間の短時間の睡眠によって Firmicutes が増え、Bacteroidetes の減少が認められ、インスリン抵抗性と耐糖能の悪化が認められた。

参考文献:
Sleep and Intestinal Microbiota
Junichiro IRIE*, Hiroshi ITOH
*Division of Endocrinology, Metabolism and Nephrology, Department of Internal Medicine,
School of Medicine, Keio University

リポ蛋白:
リポタンパク質とは、血液中において水に不溶な脂質を、吸収部位や合成部位から使用部位へ運搬するための複合体粒子です。 粒子の外側には親水性のリン脂質や遊離コレステロール,アポリポタンパク質が、粒子の内側には疎水性のコレステロールエステルや中性脂肪の脂質成分が粒子の大きさ、比重の違いにより、カイロミクロン(Chylomicron)、VLDL(Very Low Density Lipoprotein)、LDL(Low Density Lipoprotein)、HDL(High Density Lipoprotein) の主要4分画に分類されています。

概日リズム:
地球上の生物は地球の自転によってもたらされる約24時間の明暗周期にその活動を同調させています。このような生物リズムは、概(おおむね)1日周期という意味で概日(がいじつ)リズムと呼ばれており、単細胞生物や培養細胞株あるいは各組織を構成する細胞の一つ一つが概日時計を有しています。動物においては大脳視床下部に位置する視交叉上核(SCN)から、神経あるいは体液性のシグナルを介して、各組織における細胞の概日リズムが同期されています。SCNが有する時計は中枢時計、各組織が有する時計は末梢時計と呼ばれています。

DNA修復とは:
DNA修復(DNAしゅうふく、英: DNA repair)とは、生物細胞において行われている、様々な原因で発生するDNA分子の損傷を修復するプロセスのことである。DNA分子の損傷は、細胞の持つ遺伝情報の変化あるいは損失をもたらすだけでなく、その構造を劇的に変化させることでそこにコード化されている遺伝情報の読み取りに重大な影響を与えることがあり、DNA修復は細胞が生存しつづけるために必要な、重要なプロセスである。生物細胞にはDNA修復を行う機構が備わっており、これらをDNA修復機構、あるいはDNA修復系と呼ぶ。

パスウェイ:
直訳すると「経路」ということになりますが、その名の通り、遺伝子やタンパク質の相互作用を経路図として表したのがパスウェイです。もともとは、代謝経路を中心に、パスウェイと呼ばれることが多かったように思いますが、現在では、シグナル伝達系や、Protein-Protein Interaction (PPI: タンパク間相互作用)、遺伝子の制御関係の情報も含めて、パスウェイの絵(マップ)として扱われています。

時計遺伝子:
時計遺伝子(とけいいでんし、英 clock gene)は、概日リズム(体内時計)をつかさどる遺伝子群を指す。動物では period (per)、 Clock (Clk)、cryptochrome (cry) などが知られている。恒常条件(恒常的な暗黒や連続照明)の下で、時計遺伝子に変異が起きたモデル生物は、概日リズムが保てなくなり、活動にリズムがなくなったり(無周期)、短かいリズムや長いリズム(短周期、長周期)で行動するようになる。

BMAL1:
BMAL1(ビーマルワン)とは、脂肪をため込む働きのあるタンパク質の一種です。
BMAL1は太陽の光と関係が深く、日が出ている時間帯は少なく、日没後に多くなります。最も少なくなるのは、午後3時ごろ。つまりこの時間帯は食べても太りにくい時間帯ということです(もちろん食べ過ぎは良くないですが・・・)。また、脂肪を分解しやすくなるので、運動にも向いた時間帯ということになります。
反対に午後10時以降にBMAL1が多くなり始めます。つまり、「夜遅い食事は脂肪に変わりやすい」ということなので控えめにするのが良いでしょう。BMAL1が多くなる遅い時間の夕食が太る原因なのです。

https://www.greenhouse.co.jp/wellness_style/memo/2011/201203_01.html

Per1/2:
BMAL1/CLOCKヘテロ二量体はPeriod(Per1, Per2), Cryptochrome(Cry1, Cry2)遺伝子の制御領域(E-box)に結合し、転写を正に制御します。転写・翻訳されたPERとCRYタンパク質はヘテロ2量体を形成して核移行し、BMAL1/CLOCK複合体の機能を負に制御することで、ネガティブフィードバックを形成しています。

https://ruo.mbl.co.jp/bio/product/circadian/pickup/Per-Cry.html

腸管透過性:
腸透過性は腸壁で起こる現象で,0.4 nm以下の分子やイオンは腸管内腔から血流へ漏出します。この傍細胞漏出は,上皮細胞間の密着結合を介して行われます。傍細胞漏出の上昇は,1型および2型糖尿病,肥満,炎症性腸疾患,セリアック病,パーキンソン病およびがんを含む多くの疾患に関与しています。

D- マンノース:
Dマンノースは、クランベリーやパイナップルなどの植物に含まれる単糖類の一つです。

in vitro:
in vitro(イン・ビトロ)とは、“試験管内で(の)”という意味で、試験管や培養器などの中でヒトや動物の組織を用いて、体内と同様の環境を人工的に作り、薬物の反応を検出する試験のことを指します。

IL-6:
IL-6(インターロイキン-6)は多彩な生理作用を有するサイトカインと呼ばれる物質の一種で、免疫応答や炎症反応の調節において重要な役割を果たしています。

LPS:
LPSは、グラム陰性細菌の成分で、グラム陰性細菌の細胞壁の外側にぎっしりと埋め込まれた形で存在しています。糖と脂質が結合した構造をしているので、日本語では「糖脂質」あるいは「リポ多糖」と呼ばれ、英語では「リポポリサッカライド(Lipopolysaccharide)」、略してLPSと呼ばれます。糖部分は水溶性、脂質部分は油溶性ですから、LPSは両方に溶ける、いわゆる両親媒性の物質ですが、通常のLPSは油より水によく溶けます。

LPSの最も良く知られている生物活性は、、マクロファージの活性化です。マクロファージは自然免疫の中心的細胞で、体中に存在しており、細菌やウイルスから身体を守ったり、傷の修復を助けたり、新陳代謝の調節に欠かせない働きをしています。従って、マクロファージを活性化するLPSは、感染防御、創傷治癒、代謝調節の機能を高めます。


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