「空気を読む」は田舎で生きる必須条件

「田舎」で生きることの限界、田舎への新規参入について論じた記事を見つけて、ふと、私自身が田舎暮らしを夢見て、挫折した記憶を思い出した。

上記の記事は、私が前に書いたやつ。
田舎では「女」を求められる、と言ったことを中心に書いている。
おそらく「女の移住」というのは「嫁」という形で遠い昔から定着しているのだと思う。だから女が移住してくることを田舎の人は容易に受け入れてくれるが、それは、あくまでも「女」として。
リーダーシップとしての人間ではなく、子供を生み育てる「女」。
事業を起こす主体者ではなく、すでにある産業の労働力の補填の「女」。
それは、主体性がある考える一個人ではなく、現在あるその地域をそのままの形で持続させるためのツールなのだと気づき、「人間」あるいは「男」として生きたい私は「田舎に住む」という選択肢はどだい無理だと諦めた、という話。(記事には書いてないが「男」も結局「地域そのままの形」を持続させるツールとしてしか受け入れてもらえないので、何の計画もなしにの移住はめちゃくちゃ難しいと私は思う)

そんな考えを持つ私は、この記事にがっつり共感してしまった。

一方で、生まれ育った環境ってやはりその後に価値観に影響を与えるんだなーとも思った。


「牛の肥えしことにも嫉妬する村人山深く貧しき村に吾が住む」

 高度成長時代の昭和40年代に詠まれたものだ。牛が肥えても、稲穂が実っても、田舎はすべてお見通しで、それが時には嫉妬の、時には蔑みの対象になるのだ。これは田舎だけではない。人は誰もが嫉妬渦巻く中で生きているのだ。

この人は自分自身出身地の田舎を例えに「嫉妬で、地元民に、移住者はつぶされる」と書いている。この人の生まれた田舎は、貧しく、閉鎖的な村だったようだ。私も、田舎の生まれなのだが、新興住宅街の育ちで、どちらかというと、新参者のほうではあった。それでも、地域から爪弾きにされるなんていうことはなかった。それは、おそらく私の田舎は観光地が近く、一大工業エリアであったせいだと思う。
私の出身地は、静岡県東部。巨大観光地、伊豆の入り口で、工業も盛ん。静岡でつくったものを東京や愛知に出荷するという意味で、静岡県は外貨で潤っている地域だ。
だから毎週末東京から流れてくる東京の「練馬」「品川」ナンバーの車の渋滞を見ては、子供心に「どんどん静岡でカネを落として東京に帰っていってくれ」と思っていた。私達が住むエリアの人間は、みな観光にプライドを持っていたし、よそ者が、我らが街を豊かにしてくれることを知っていたように思う。言ってしまえば、その地域は「自己肯定感」が非常に高い地域。ちょっとやそっとの移住者が現れても、この街は大丈夫、という懐の深さみたいなものが合って、受け入れてくれるのだと思う。

おそらく、田舎暮らしを受け入れる地域とは「自己肯定感が高い」のエリアなのだろう。
地方移住者の人から聞いた話でもあるのだが、地域では絶対によそ者を受け付けない、強烈に嫉妬によって足を引っ張るエリアと、よそ者を、警戒しながらもそこそこ受け入れるエリアがあり、前者のエリアへの移住は絶対に失敗する、と言っていた。おそらく著者のふるさとは前者の、よそ者を決して受け入れない「自己肯定感が低い」エリアなのだろう。(その土地の持つ豊かさ、経済資本の多さが影響していると思う。結局は金、って話になっちゃうけど)

もちろん、開放的なエリアだからといってよそ者を信用するか、寛容か、と言ったらそれは全くそんなことはない。静岡県はよそ者に肝要な県だが、「東京から来た人」と、やはり絶対一線を引かれる。彼らとうちら違うから。あの人らは金持ってるから、と。そんな対岸の人と思われている人が田舎で認められるためには「地域のルール、上下関係」に敏感、いわば大企業のサラリーマン社会に適応できるくらいの社会性がなければ絶対に生きていけない。もしそれなしで、やっていけるのだとしたら、それは、血縁や地の縁をがっつりもっている人間だけだ。

金があればなんとかなる、ということは、田舎では、絶対にない。そういう人間は東京で戦え。社会性の低い金持ちはどんな街であれ、本当に、本当に、最も嫌われる。

それにしても、年代?生きてきた職種の差なんだろうけど…転職を戦略的にすることが、今どき、とかんじるんだねぇ。そうなのかな。技術者とかライターとか編集者とか手に職系の人って、年代問わずけっこう会社に縛られない働き方をしている人が多いような気がするんだけどなぁ。

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