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真っ白な本

ある日、男が古本屋で読みたい本を散策していると、真っ白な本が目に止まった。手に取ってみると、表紙も中のページも、真っ白である。

ハードカバーで表紙はマットコート、裏も白である。ページに関しては、一般的な単行本と大差がない紙質だが、色は茶色がかっている感じもなく、やはり白である。それは印刷を怠ったという意味での"情報が一切ない"というよりも、あえて真っ白にしているように感じられた。

古本屋にあるから中古本ということだろうが、表紙に多少のスレがあるくらいで、特に大きなダメージは見当たらない。

値段は、800円。特段高いということもなく、希少本ということでもないだろう。興味本位で買うことにした男は、その本をレジに持っていった。

「お目が高いですねえ。こちらは読む本ではなく、書き込む本となっております。なにか書いてみてくださいね。」

そう店主に言われると好奇心がさらに刺激された。

「書き込むというのは、なんでもいいのですか。メモでも、日記でも?」
「はい、なんでもよいですよ。」

帰り道、気になってネットで「真っ白な本 古本屋」「真っ白な本 謎」と検索してみたところ、文字通りの"真っ白な本"に関する記事などは見つかった。ただ、男が買った本と同一のものかは判断ができず、満足できる情報は見つからなかった。

とりあえず、男はその日の夜に日記を書いてみた。

今日、古本屋で真っ白な本を見つけた。興味本位で買ってみたら、どうやらこれは書き込む本らしい。とりあえず、日記でも書いてみようと思う。

すると、書き終わって5秒ほどで、ページの色がじんわりオレンジ色に変わった。驚きつつ、続けて裏のページに書いた。

この本に書いてみたら、ページがオレンジ色に変わった!これ、どういうことだろう。でもとにかく、おもしろいもの買っちゃったなあ。

今度は赤色になった。最初に書いたページはオレンジ色のまま、その裏面がきっちり赤色に変わっている。表紙の色も赤色になっていた。

そこから1週間ほど書いてわかったことは、この本は書いたときの感情に応じて色が変わる本、ということだった。興奮していると赤色、うれしいことがあると黄色、学んだことを書くと青色となった。落ち込んでいると、紫と青を混ぜたような色になった。

表紙の色は、直近で書いたときの感情が反映されるようだった。

古本屋で買った真っ白な本は、もう真っ白ではなくなり、昨夜の感情を表すように表紙が赤、黄、青と変わっていき、ページ面には色とろどりの線が並んだ。

日記アプリでその日の感情を記録するものはあるが、アナログでの書く行為を好む男は「やっと最高の日記の方法に出会えたぞ」とうれしくなった。

3ヶ月が経過した頃、おかしなことが起こった。男がページになにも書いていないというのに、表紙とページの色が変化しているのだ。

気になって再びネットでこの本について調べてみると、SNSで気になる投稿を見つけた。どうやら、男と同じように古本屋で真っ白な本を買い、書き込み、色の変化に興奮し、書いていないのに色が変わることを不思議がっている人がいるようだった。

男はしばらく考えて、ある仮説を立てた。もしかしたら、この本を他に所持している人がいたら、その人の感情も反映されるのではないか。

その後、この真っ白な本はSNSで話題となった。所持者も増えているようだった。それは、日々の表紙の変化間隔が1日単位から数時間単位に変わっていったことから、推測できた。書き終わって青に変化したページがその場で赤に変わったこともあった。

「これじゃあ自分の感情の色ではなくなってしまうじゃないか。書く意味が薄れてしまう。」

男がそう不満をたらしていると、ついにはテレビでも紹介されるようになった。「感情色が反映される真っ白な本!」と紹介されていた。

「本日は、所持者の方に特別にお借りしております。」

そう話しながら、女性アナウンサーは手に持った真っ白な本を見せていた。カメラがズームし、本のアップとなった。その見た目から、男が所持しているものと同じもののようだった。

テレビでは、その所持者らしい人が事前に撮影したページの色が変わる様子が映った映像も流されていた。

とはいってもこの本、中古本である。新刊では出回っていない。どれくらい現存するのかはわからないが、全国で最大でも数十冊くらいではないだろうか、と男は想像をめぐらした。

また、書き込まないと効用を発揮しないこの本は、フリマアプリでも販売がしずらい。そこには個人的な情報まで書いてしまうことが多いからである。とはいっても、試しに無難なことを書いてみて体験した後、数万円で転売している人はいた。

男は、もはや自分の感情の色ではなくなってしまったその本に書く意欲を失ってしまっていた。

書き込みをしなくなってから半年後、近所の新刊書店に足を運ぶと、真っ白な本が販売されていた。テレビでも話題の謎本を完全再現!と大きなポップが設置されている。

数万部は約束されているかのような自信が見られ、50冊ほどが平積みで置かれていたようだが、その半分がすでに売れているような状況であった。

その頃から自宅にある真っ白な本の色が変わる頻度はどんどん短くなり、数秒眺めているだけで色が変わるほどになった。

最終的に、真っ白な本の販売数は100万部を突破したが、100万人の感情の色が混ざり合った結果、その色は真っ黒になってしまった。変化はしなくなり、自宅の本はずっと黒いままである。

ある日、また古本屋で散策をしていると、真っ黒な本を見かけた。隣で客がそれを手に取り、しばらくパラパラと開いて、レジに持っていっていた。

真っ白だった本は黒くなり、ただの真っ黒な本になってしまった。


※「練習ちょー短編」シリーズは、練習がてら、ちょー短い物語を書いていくシリーズです。


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