やっぱり、アニメを観ることが自分に向いてない
何か書かないと、落ち着かない。
そんな時期だ。
医者に躁鬱病と診断されているので、気持ちの上下が難しい。
たばこの本数が増える。
アベマで、『CLANNAD』が無料だったので、1期を視聴した。
2日で、22話と番外編の2話を視聴するというニートムーブをかました。
伝説のアニメだという認識は、あったが、観る機会がなかった。
以前、適当に作業しながら、2期とは、知らずにafter storyから観始めた。
しかし、作業が止まって、たまらず、涙を流していた。
高校中退の自分には、刺さり過ぎた。
途中で、ダメだと思って、観るのをやめた。
こう言う作品を観ると、あとを引きずる。
数日の間、本来、やりたい事が手を止まってしまう。
生活に支障が出るくらい。
気が付けば、脳裏に浮かぶ。
アニメ以外だと、宮藤官九郎氏の作品も同様。
キャラクター力で、無理やり世界観に連れていかれて、監禁されるような作品は、しんどい。
先日、noteに投稿した『マケイン』もまぁ、同様に、頭を蝕む。
それを払拭するために、別のアニメを観る。
ペットが死んで、ペットロスに耐え切れず、新しいペットをお迎えするみたいなものだ。
『CLANNAD』を視聴して、感動する部分は、大いにあるのだが、それと同時に、何か既視感を感じる。
探偵ナイトスクープだ!!
原作が恋愛シュミレーションゲームというのもあって、"あなたのお悩みを解決するため優秀な探偵員を派遣します"だ。
"西田局長、探偵の皆さん。こんにちは。私の学校で、最近、星の彫刻をヒトデといい配っている女の子がいます。是非、調査してください"
"西田局長、探偵の皆さん。こんにちは。思い出せないお話があるのです。それは、誰もいない世界に暮らす女の子の話です。タイトルも思い出せません。絵本なのか、テレビで、見たのかも思い出せません。演劇で、使いたいので、是非、優秀な探偵さんを派遣していただけないでしょうか。よろしくお願い致します。"
思わぬ感動回。
"うーん。よかったねー"
とハンカチで、目をこすって、泣く西田局長。
探偵ナイトスクープで、あった例として、パッと思いつくのは、
戦死した父が手紙に"身重"と記し、自分の存在を気付いていたのかどうかを調べる回
シーナ&ロケッツの鮎川誠氏そっくりな亡くなった旦那の回
親が共働きか何かで、一人、寂しい幼少時代に支えになったテレビアニメのタイトルをポン橋で、聞き込んで、探す回
(古い内容で、申し訳ない。一番、観ていた時期だった。)
死者からのメッセージ、幼少期のツラい時代を支えてくれた作品。
それに気付いてしまったので、涙腺崩壊は、免れてしまった。
しかし、EDを聴く度、胸がギューッてなる。
制作会社は、京都アニメーション。
5年前の事件。
ここに、クレジットされている人は、今は、この世にいないのかもしれないと思うと、毎回、居た堪れない気持ちになる。
1期を見終えて、絶賛おセンチ中に、田中敦子氏の訃報を知る。
正直、自分は、攻殻機動隊の劇場版1作目とSACの1期しか、観れていない。
しかし、うちの母は、テレビ中毒で、自分が中学生時代から海外ドラマがリビングで、吹替で、ケーブルテレビから流れていた。
コールドケース、CSI、エレメンタリーホームズ&ワトソン、ER、クリミナルマインド、hawaii five-o、メンタリスト
挙げだしたら、キリがない。
どれにも、田中敦子さんの声が聞こえていた。
言わば、リビングの一部だった。
いつまでも、そこにある存在だと思っていた。
案外、唐突になくなるものだ。
なんか喪失感がボディブローのように効いてくる。
田中敦子氏のご冥福をお祈りいたします。そして、ありがとう。