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多様性における結束

確かあれば、2013年の東京の森美術館で開催された「六本木クロッシング2013年アウトオブダウト」で映像作品「日本共産党にカール・マルクスを掲げるようお願いする」を出品した時だったと思うけど、Facebook経由で急にJaniというスロベニア人からメッセージが届いた。その時は、彼のことは全く知らなかったし、マルクスの作品に関心を持ったので、奥さんの都合でいま大阪に滞在しているから大阪に来ないか?という内容だったと思う。彼は旧ユーゴスラビアのスロベニアの首都リュブリャナ出身で、僕よりも年長者なので、いわゆるリアルな共産主義社会を経験した世代で、こういう人から関心を持ってもらえるは嬉しい限りだと思って、のこのこ大阪に出向いた記憶がある。彼の宿舎?に一晩だけ泊めてもらって、なぜかスーパー銭湯とかに行ったりもした。この時期は、ウィーンに引っ越す直前のことで、東京で借りていたボロアパートを解約し、半年近く家なし生活をしていたのだから、どこへ行くのも簡単だし、むしろ予定ができて好都合だったと思う。

Janiによれば、いま僕が住んでいるオーストリアに隣接するユーゴスラビアではある程度の移動の自由が認められていたし、他の東欧諸国とは少し事情が違ったと思うと話していた。僕がオーストリアに来たのは、いくつか理由があって、まずは東欧諸国いわゆる旧共産圏の社会に強い関心を持っていて、共産主義シリーズという作品をルーマニアのブカレストやモスクワで2010年くらいから連続で作ったことから縁を感じていたから、なるべく西側諸国から外れた所に行きたいと思っていた。それに加えて、付き合いのあるギャラリーがオーストリア第2の都市グラーツにあるので、ビザ更新などの際にはいろいろとお世話になれると思ったからだ。到着してみると、オーストリアの事情を知るだけで、他の隣国の事情まで伺い知るまでは余裕がない、ドイツ語圏として文化的近いドイツやスイス程度のことがなんとなく聞き及んでいるにしても、スペインやフランスになってくるともう遠い国の話しになってしまう。EUの理念が「多様性における結束」とはいうけれど、実際のところはそれぞれの言語による障壁は多い。

こうやって出会ったJaniの企画でリュブリャナで僕の展示とトークを企画してくれたこともあって、何度かバスで訪ねたことがある。マス料理が有名なコンパクトな街で数日滞在したら、街のほとんどの部分は理解できると思うが、歴史に関してはそうもいかない。解体されたしまったユーゴスラビアを知るには、出稼ぎに出ている労働者のことも知らなければならない。ウィーンで働いてる運送業の彼らが皆、東欧出身なのはなぜか?を知らなければいけない。勉強することは山ほどあって、有限であるはずの人生の時間はいつまで経っても足らない。

そうこうしているうちに、Janiから2021年秋に新しく個展の依頼をもらって、リュブリャナ市美術館群の一角にある元マッチ工場で過去の作品を紹介するミニ回顧展のようなものを計画しているだけど、未だにコロナ感染拡大のために、二進も三進もいかない。以下は、日程だけがアナウンスされた展覧会情報。


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