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ジョン・ハッティ『教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化』(第4章)学習者要因の影響【348】

 ジョン・ハッティ『教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化』を読んで学んだことを記録しています。第4章では、学習者要因という観点からまとめています。ここでは、私が重要だと思った項目のみをまとめていますので、詳しい内容はぜひ本書をお読みください。


第4章 学習者要因の影響

 学習者要因のうち影響力が大きいものは、「能力レベルの自己評価」「ピアジェによる発達段階」とされています。

ピアジェの発達段階

 ピアジェの発達段階とは、頭の中で考えられるようになるまでの、子どもの認知発達における4つの段階のことを示します。子どもの認知能力がりどのような過程を経て発達するのかを知ることができ、思考力を鍛えるにはそれぞれの段階に合わせたアプローチがあることを理解することができます。以下は、私が調べた範囲で分かりやすく理解するために具体的なワードと合わせてまとめています。

①感覚運動期(0〜2歳)
 観察した行動を再現
②前操作期(2〜8歳)
 ごっこ遊び、推論、自己の中心化
③具体的操作期(9〜12歳)
 論理的思考、脱中心化、形や状態変化への理解
④形式的操作期(12歳〜)
 抽象的仮説的思考
 →自ら仮説を立て推論を立てて真偽を検証する

学校内外での費やす時間

 学習者を取り巻く環境について、子どもたちがどれぐらいの時間をそれぞれの場所で過ごしているのかを確認していきます。
 本書では、学校では15000時間、在学中の家庭では29000時間、そして就学前(5〜6歳)は26000時間を保護者や養育者と過ごすとされています。学校教育においては、就学後のもの以上に就学前に経験したこと、日々の学校外での経験や体験も重要であることが分かります。

 ここで誤解を避けておくべきだと思うことは、家庭でも学校で学ぶような読み書き計算を加速させたり、学校での学びの価値を必要以上に下げることではありません。学校外でできることをもっと大切にするべきだということです。

学習に関する個人差要因

 学校教育の成果に影響を与える要因として、過去の学力(就学前に身につけた能力、家庭で身につけた能力、遺伝的特徴としての能力)だけでなく、個人差要因までもが含まれます。個人差要因として、遺伝や家庭環境、5歳までの教育環境も学力に影響するというのは、ある意味では当たり前な考えかもしれませんが、大まかにまとめていうと、学校に行くまでにしっかりと愛情を受けて育つことが重要だと感じます。就学期になると、学校での学びや友達との関わりの中で学習が進んでいくため、そのための土台として子ども自身が目の前の活動に集中できるような精神状態であることが最低限必要なことではないでしょうか。例えば、早期英語教育をするとしても、子どもが楽しめていないのに無理やりやらせることはむしろ逆効果と考えられます。

 個人差要因というのが、いまいちはっきりしないところがあるので、その例として本書に書かれていたことを参考にすると、「新しい経験に積極的に挑戦する」「学習に力を注ぐことを重視する姿勢」「学習活動によって自己を確立しようとする態度」といったものがあります。こういった姿勢は、やはり本人の自己肯定感の高さと関係があるのではないでしょうか。

創造的な者とは?Feist(1998)の研究

 本書で紹介されていた、「創造的な者」の定義について、以下に引用しておきます。

 自律性、内向性、新しい経験に積極的に挑戦する姿勢、規範に対する懐疑性、自信、自己受容性、意欲、向上心、支配性、非友好性、衝動性が高い
 感情の起伏が激しく、社会のルールや慣習にはまらない傾向があるのは創造的な芸術家、勤勉でかつ既成概念にとらわれずに新しい経験に積極的に挑戦しようとするのが創造的な科学者

ジョン・ハッティ『教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化』第4章より

 このように、学校教育での集団生活が少し難しい性格を持つ子がいたとして、それが果たしていけないことなのかというのは考える必要がありそうです。学校生活はむしろ社会より狭く、子どもたちにいろんなプレッシャーをかけるような場所であることもあります。そのため、学校の生活に合わない、学業が追いつかないという部分があったとしても、子ども一人ひとりが自分らしくいられる空間はどういったものなのかを考える必要があると思いました。多くの人がそれでうまくいっている場合は、「自分(の子)だけ違う」という不安を抱くこともあると思いますが、自分にとってどんな状況であれば自分らしくいられるのかを考えることを非常に重要だと思います。なぜなら、自分らしさの中に創造性があり、それを活かしてできる仕事もたくさんあるからです。

学習に前向きな姿勢

 教育の効果を考える際に、学習成果が実るかどうかは学習者自身が持つ姿勢にも大きく影響されます。懲罰的な脅しで学習させるのではなく、自ら取り組もうという姿勢を作るための学習環境が求められています。

 「新しい経験に積極的に挑戦する姿勢」は、困難な課題に直面した時にも学習の支えとなります。また、特定の考え方に縛られずに考えようとする意欲をもつために、新しい知識や考えを取り入れる傾向があります。
 「新しい考え方を模索したり、学習の過程に力を注ぐ」ことについては、
就学後に現れる傾向で、学習者としての自信や他者からの承認を求めるようになります。

学習者の経歴〜過去の学力〜

マタイ効果

 「富める者はますます富み、貧なる者はますます貧する」という言葉で説明されているこの効果は、過去の学力がその後の学力や業績と関連することを示しています。「学習能力と学力の相関は極めて高い」と書かれていることからも分かるとおり、学習内容やその成果よりも学習する過程に目を向けることが重要だと分かります。
 そのため、学校での勉強を早くスタートしなくても、就学前に自然と文字に触れていたり、いろんな体験を通して自然と学んでいる子たちは「学習能力が高い」と考えることができます。ただし、行動的な側面や社会的スキルはどちらかというと学校に入ってから身につけるものだという研究結果が出ているようです。

態度と気質

 ここでは、学習者自身がもつ態度や気質に関しての研究がまとめられています。それぞれの項目で書かれていたことを簡単に紹介いたします。

性格

 子どもにはそれぞれの性格があります。どんな性格が学力を高めるとされるのか、相関が高いものとそうでないとされているものに分けて考えていきます。本書では、「自己効力、自己概念、動機づけ、学業達成への粘り強さ」とされていますが、このあたりの項目は個人差要因にも書かれていることです。その一方で、「不安、独りよがりの傾向、外向性、ローカスオブコントロール(LOC)、神経症傾向」などはあまり学力との関係がないとされています。ちなみに、ローカスオブコントロール(LOC)とは、行動を統制する意識の所在(ローカス)が、内(自己)か外(他者)かで「自己解決型」と「他者依存型」とに分類する考え方(グロービス経営大学院HP「MBA用語集」より)のことです。 自己解決型は、自分自身の行動とその結果は自ら統制できると考えるタイプとなります。

 スポーツや芸術などと同じで、学習に向いている性格というものもあります。例えば、根気強さや誠実さ、話し好きなどは学力に反映されやすいとしています。それぞれ学習に必要なものになるから、そういった性格が学習に合っているとも言えます。また、年齢を重ねると、認知能力と性格がお互いに作用し合って、より影響力を高める(性格と学力との関係性のレビュー、O'Connor & Paunonen2007より)としています。

 また、本書では「性格と学力の関係のビッグ・ファイブ(McCrae & Costa、1997)」というのも紹介されていました。「勤勉性、調和性、開放性」はプラスの影響があるとされ、「外向性や神経症傾向」はマイナスの影響がある可能性があるとされていました。ここでいう「勤勉性」というのは、動機づけが高いことで前向きな学習姿勢をもつことにつながると考えられますが、その度合いや他者との協調性などともバランスが取れているかは重要だと思います。

幸福感

 認知能力と幸福感に関するメタ分析(Lyubomirsky, King & Diener、2005)によると、幸福感と学力の関係性は大きいようです。普段から幸福感を覚えていて、楽しい気分でいる人は、「創造的で効率よく問題解決を行う傾向が見られる」そうです。これは何事にも前向きになれる考えや態度が影響していると考えられます。ただし、学校教育が主観的な幸福感を与えることはあまりないとされており、就学前の家庭環境で子どもたちがどれだけ主観的な幸福感(自分は幸せだと感じる)を持てるかどうかは大きな要因となると考えられます。

自己効力感

 学力との関係が最も強いのは「自己効力感」
物事がうまくいかなかったり間違ってしまったりといった困難に直面した際に、自己効力感は効果を発揮する

Multon, Brown, & Lent, 1991

 「根拠のない自信」という言葉があるように、「何とかなる、自分ならできる」というようなポジティブな思考は学習には求められます。なぜなら、学習には必ず困難が待ち受けており、それに立ち向かえるかどうか、そのチャレンジを楽しめるかどうかは、本人の中にある「経験を受け入れる心」があるかどうかにかかっているからです。成功や失敗などの結果ばかりにこだわることを教えると、失敗を避けるためにチャレンジしないという姿勢を生み出してしまいます。もちろん、成果もないがしろにはできませんが、そのプロセスの重要性も子どもたちと共有する必要があります。

「学力を身につけるために必要な方略や態度」というのはどういったものがあるのか、本書にまとめられていたことを載せておきます。

・学習内容を身につけるための方略
 (他者より秀でたり高い順位を目指したりするような方略ではない)
・フィードバックを軽視せずに受け入れる
・簡単な目標ではなく、難しめの目標を設定
・自身が学習内容を身につけたかどうかで自己評価した場合
 (他の学習者と比べるのではない)
・高い自己効力感
・自己調整能力や自己管理能力(⇄学習性無力感)

ジョン・ハッティ『教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化』第4章

 ここで重要なのは、他者との比較で学習をとらえないということだと思います。社会で暮らす人が同じ物差しで測られないのと同様に、学習過程や成果を他人と比べてしまうと、誤った学習の考えが出てきてしまいます。他人と比べることは終わりがないために、下手に本人に不安を与えかねません。それよりも自分の成長にもっと意識を向けられるようにすることが重要なのではないかと感じています。

動機づけ

 この項目について、非常に印象的だった文章があります。それは、「動機づけを高めるにはかなり骨の折れることであるが、意欲を失わせることは容易い」です。学習者のやる気を奪うような言葉がけはたくさん思いつきますが、動機づけを高めるための言葉がけはなかなか思いつきません。

 ただ、動機づけはそのまま学習の過程や成果にも影響するものなので、動機づけが高い状態や低下につながるものをまとめていきます。

「動機づけが最も高くなる」状態
 ・学習者が有能さを感じているとき
 ・自律性を十分に感じているとき
 ・やりがいのある目標を設定したとき
 ・適切な評価を得たとき
 ・他者から認められたとき
「動機づけの低下につながるもの」
 ・学習者が公衆の面前で恥をかく
 ・テストの結果が惨めたるものだった
 ・教師やクラスメイトに確執があったりする

ジョン・ハッティ『教育の効果 メタ分析による学力に影響を与える要因の効果の可視化』第4章

 以上の項目を見ても、子どもたちが心身共に安心して学習と向き合える環境はとても大切です。クラスメイトなどは、学力を競う相手ではなく、一緒に学びを創り出す仲間という意識は、周囲の大人が伝えていかないといけないのかもしれません。動機づけが低下すると、「学習に対する熱意の喪失、フィードバックを受ける気持ちやそれ自体の効果を低める」とされており、それはその子の成長を阻害するものになってしまいます。

 また、1960年に比べて、2002年の外発的動機による学習に取り組む大学生が増加しているということも書かれていました。最近は、いわゆる「聞き分けの良い子」が増えているとも言われます。問題を起こさない子が増える一方で自分から何かやってみるという子が減っているのであれば、社会全体としてはマイナスのようにも感じます。

自分のために学ぶという感覚

 ここでは、私にとって今の教育に抜け落ちているのではないかと強く感じる項目としてまとめました。学習が自分の成長のためと感じられず、ただやらなければならないからやるとか、保護者や教師がやるように求めるから取り組むという子どもたちは多いと思います。これからの社会がどうなるかわからない不安があるからこそ、子どもたちが自分で学習を進めているという意識を持つことは重要なのではないでしょうか。ここでは、それらに関する記述を紹介したいと思います。

自分自身の学習をコントロールしているという感覚をもつことは重要

学習のコントロール方法を身につけた度合いと学力との相関は高い
学習者には、学習をはじめとした生活上の出来事に対して自己責任を負う

Ross,1988、Frieze, Whitely, Hanusa, & McHugh(1982)

学力が身につくのは、自身が努力をし、また興味を持っているためという考え方は、学習がうまくいくかどうかを左右する

興味自体は学力との強い正の相関関係がある

Schiefele, Krapp,& Winteler, 1992

興味をもつことが学習内容の選択や、努力を傾注するかどうかの選択に影響を与えることに疑いの余地はない

テストや評価を行うことで外部への説明責任を重視する教育は有効ではない

Twenge, Zhang, & Im(2004)

 以上のように、学びの主体が学習者であることが重要であることが分かると思います。周りの大人は将来が不安でついつい先回りして、子どもにあれこれ与えてしまいそうになりますが、だからこそ子どもたち自身が考えて決める機会が必要なのです。

集中力・我慢強さ・積極性

 学習時間が長いからといって、学習の質が伴っていないのであればそれは、逆効果と考えられます。そのため、これまでに何度も述べられてきた「見通しのある学習」が重要になります。どの程度までのパフォーマンスが求められていて、何を達成しなければならないのかがはっきりと分かれば、学習者は目の前の学習に集中することができます。

就学前教育

 早期教育については、学校の学習を早く始めるということではなく、子どもたちの学習の土台となる体験や経験が重要です。効果のある早期教育として、体系的かつ楽しみのあるもので、ある程度の人数で限られた時間の中で行うものとされています。年齢が幼いということもあり、子どもが興味を持てるもので行う必要があるようです。また、教育的支援が必要な子どもほど早期教育の効果は高い(Collins,1984; Harrell, 1983)ということもわかっているようです。

 就学前プログラムにおいては、「幼稚園が学校教育の初期段階における学力に与える影響(算数よりも言語・読解)が大きい」(Jones,2002)とされており、計算的なスキルを鍛えるよりも、さらに学習の基盤となる「言語面での発達」を促すことが重要だということが分かります。

まとめ

 就学前教育という言葉はよく耳にしますが、学校で学ぶような読み書き計算などの勉強を早くに始めるのではなく、「新しいことに挑戦する姿勢や学習に取り組む姿勢、知的な活動を行う姿勢」を育むことが大切だということが分かりました。

 難しい問題に取り積んだり、たくさん勉強させるために無理やり学ばせることはマイナス効果となります。早くから学ぶことは大切ですが、その学びの質にも目を向ける必要があります。子どもにやりがいのある課題を与え、一生懸命に取り組んだために成果が得られるという経験が、効果的な学習の実現へとつながっていくということを理解する必要があります。

<参考資料>

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