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日本の公立高校教諭が「海外移住」を決意するまで【013】

 オランダに移住して1年が経過しました。この1年の間に、これまでの自分について振り返ることができました。この投稿では改めて「自己紹介」として、今オランダでどんな仕事をしているのか、なぜ海外移住をしようと思ったのかについて、日本での教育活動の中で抱いた疑問を中心に書いています。また、海外移住について夫婦でどう話し合い、なぜ移住先をオランダにしたのかについては、また別の投稿で述べたいと思います。

現在の仕事

 現在私は、オランダのデン・ハーグで日本語教室の講師をしており、小学校入学前の子どもから高校生までを対象に、幅広い年齢の子ども達の日本語学習のサポートをしています。ここでは、元高校教諭としてこれまでに経験し学んだことをふまえ、今の生徒達にどのように働きかけているのかについてお話させていただきます。

 私が教えているのは、日本語の読み書きや会話などのコミュニケーションをはじめ、国際バカロレア(IB)の「言語(日本語)A」のチューターなどの学校で行われる日本語学習のサポートなども行っております。

 授業の構成については、生徒一人ひとりにあったサポートを考え、日本の学年に応じた内容をベースに、個々の生徒のニーズに合わせて教える内容をカスタマイズしています。また、予め保護者が求める日本語学習の環境を聞き、生徒の興味・関心、日常の日本語環境にも配慮しております。

 さらに日本でいう国語だけを教えるのではなく「日本語で学ぶ」という観点からも授業を構成しています。ひらがな・カタカナ・漢字、これらの言葉や文章の読み書きという基礎的な学習に加えて、算数や理科・社会の内容も一部授業に取り入れています。授業では日本語の能力を磨くのはもちろん、日本の文化や日本語を介した子ども同士の繋がりを大切にしています。季節ごとの行事について一緒に学んだり、ミニ実験をして一緒に考えたり、何かのテーマについて発表したりと、生きた学びを心がけながら「自立した学習者」を育てることを大切にしています。具体的な授業内の活動、あるいは教室に通っている生徒の保護者から教えていただいた「子ども達の様子の変化」については、私の日本語教室のFacebookに投稿しておりますのでご覧いただければと思います。

8年間にわたる公立高校教諭の経験から、「言語」そのものを継続的に教える重要性を学ぶ

 私は2020年の3月まで社会科の教諭として日本の公立高等学校に勤めていました。主に担当していた科目は、歴史(世界史)と公民(現代社会、政治・経済)です。私が社会科の授業の中で力を注いだことは、「生徒達に社会についての多様な見方を提供し、1つの事象に対して複眼的な思考ができるようになる」ということでした。

 しかし、高等学校で授業内容を工夫しようと思った時に、いくつか課題がありました。1つは「授業の自由度」が低いことです。日本では入試問題の傾向が高校の授業に大きく影響するため、授業の自由度に制限がかかってしまいます。現在進められている大学入試改革について、いろんな意見や考えが出されていますが、これが良いきっかけとなってほしいと願っています。そして2点目は、高校入試による「学びの分断」です。入試自体を否定する訳ではありませんが、知識を詰め込む形式を中心とした受験勉強によって、今求められる「主体的対話的で深い学び」を継続的に行うのはかなり困難だと感じていました。これについても、新カリキュラムの内容がそれぞれの校種でどのように行われるかが重要だと思っています。

 さらに「主体的対話的で深い学び」については、日々高校生の活動を見ていて、それ以前の「言語運用能力」に課題があると感じました。例えば、授業において、ディスカッションでグループのアイデアがなかなか深まらず、とにかく答えを見つけることばかりに気がいってしまうことや、ブレインストーミングでも話し合うテーマについて多角的に物事を見ることに苦労していました。

 また、面接や小論文指導においても、生徒からの返答や提出された文章には、主観的な捉え方がそのまま表現され、自分の意見を述べる時の根拠の示し方や情報の提示、またそれを聞き手や読み手がどう受け取るのかまでに考えが及んでいないということがよくありました。

 私の考えでは、「主体的対話的で深い学び」を実現するために必要な力は、文章や資料を読み込んで自分なりの考えを持ちそれをさらに発展させる「分析力」と、自分なりに分析したことを相手に正確に伝わるように「論理的に話す力」です。そのためには、正解よりもそこに至るまでの思考や、意見を出し合って議論を深めていく過程そのものが大切だということを生徒が理解していることが前提となります。私が授業をする時は、生徒達に対してまず第一に物事をじっくり考える重要性について必ず理解してもらい、1つひとつの活動を大切にしてもらっていました。答えが合っているかどうかだけで判断される学びから脱却してもらいたかったのです。そして、定期考査はその考えた過程そのものを評価する形式にしました。

 「すべての学びの土台は言語である」と言われるように、言語運用能力はどの教科どの科目にも通じるものです。このことに注目するようになってから、言語活動そのものについてもっと学びたいと思うようになりました。そこで私は、国際バカロレア(IB)の言語の学習について学ぶことにしました。

 当時の私は、日本の教育システムしか知らず、高等学校という1つの校種経験しかないため、教育を見る視野が不足していました。そのため、私は現在海外の教育について学ぶためにオランダへ移住し、他の校種あるいは他のカリキュラムにおける言語学習に関することを学んでいます。小学生から高校生までの言語活動に継続的に関わることによって、子どもが自走できる力をつけると共に、私が目標としている「複眼的に深く思考し、他者と対等に対話ができる自立した学習者」になるようサポートしたいと思っております。

私がこれまでの人生において学んだ大切なこと

 中学生の時、部活動の陸上競技に熱中していました。「砲丸投げ」という種目で、3年生の時に府内の大会で1位を獲ることができましたが、全国大会には自分よりもすごい記録を持っている中学生がたくさんおり、全国大会では予選で敗退となりました。この時、自分の競技の世界の広さを痛感しました。

 高校生の時は、勉強する意味を見出せず、学習に関してはかなりいい加減な高校生活を送っていました。高校を卒業はしたものの、受験した大学は全て不合格となってしまい、1年間大学受験のための生活をしました。そこでは、友達関係や生活習慣を維持するために予備校に通いましたが、誰かに教えてもらうことばかりに頼るのではなく、原則「自分でスケジュールを立てて、自分の力で理解していくという勉強」を人生で初めてしました。0から勉強と向き合い、自分で小さな目標を立てながら、それを達成しつつ目標を少しずつ大きくしていき、やがては目標とする大学に入学することができました。誰かの意志ではなく、自分の意志で勉強することが何よりも大切だと感じたと共に、合格したことで天狗になってしまった自分がいました。

 大学生活の中では、テストの点数が高いことと、社会で活躍できる能力があることは決して繋がらないということを学びました。他人の考えを引き出すのが上手かったり、リーダーシップを発揮しみんなをまとめる力を持っていたり、クリエイティブな思考で素晴らしい発想力があるなど、「点数には現れない突出した能力」を持っている数多くの学生や社会人に出会いました。私はいわゆる「テストにおける」平均点が比較的高い人間でしたが、テストでは測れない能力が世の中にはたくさんあって、自分の経験ばかりを正当化して自分の物差しで人を見ることは間違っているということを学びました。

現在も「教育」について勉強中です。

 私が日本の学校に勤めていた時、多くの素晴らしい能力を持った先生方と出会い、たくさんのことを学ばせてもらいました。時には、成績だけでその生徒自体を評価し、自分の指導方針にこだわって個々への配慮をしようとしない人もいましたが、それでも学校現場には、毎日多忙を極める厳しい環境の中で、子ども達のために全力で戦っている先生方がたくさんいます

 そんな先生方が燃え尽きることなく、自分の人生も大切にしながら働き続けられる環境を作ることが何よりも急務だと感じております。学校という環境が、子ども達にとっても学校の先生にとっても「自分らしくいられる、心から安心して学べる場所」になるヒントを探すために、私たち夫婦はオランダで教育やそれを取り巻く社会そのものについて学ぶことを決めました。

 現在私は「学習評価」のあり方に関心があります。答えが決まっていない問いに対する解答の評価をどうするのか、テストの点数では測れないものをどう評価するのかについてもっといろんな情報を集めていきたいと思っています。それは他の国の教育と比べて優劣を付けるのではなく、日本には日本の良いところがあって、海外には海外のそれぞれの良いところがあるというのを忘れてはいけません。

 とても壮大なテーマになってしまいますが、「これからの社会を担っていく子ども達がお互いに幸せで自分らしく生きられる社会になるような教育」とはどういうものなのかを探究しつつ、今自分ができることとして、授業の中で子ども達の自主性を育みながら、子ども達が見える世界を少しずつ広げて、「複眼的に深く思考し、他者と対等に対話ができる人材」を輩出できるサポーターになりたいと思います。

 とても長くなってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

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