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【小説】 演劇ドッキリ大作戦

「お邪魔しまーす」
「やっほー!」
「ミキの家、久々だなぁ!」

 社会人演劇サークルの公演打ち上げ。僕はカズミ、サトルと一緒にミキの家に遊びに来た。

「……ミキ……?」

 キッチンの脇に、赤い色にまみれて倒れているミキの姿があった。近くに包丁が転がっている。ミキの腹部辺りもベッタリと赤く汚れていた。包丁の先端にも付着しており、フローリングの床にもポタポタと散っていた。ミキはうつ伏せに倒れている。顔は横を向いているが、セミロングの髪が顔にかかって表情は見えない。さながら、殺人現場のような様相だった。

 まぁ、たぶんケチャップをこぼしたなんだろうけど。

 だって、酸味のある匂いがするし。ともあれ、倒れているのは心配だ。調理中に頭部をどこかにぶつけて倒れたかもしれない。最悪の場合、脳梗塞で意識不明という可能性もある。僕はすぐさま駆け寄って手を取り、脈拍を計る……大丈夫、生きている。

 そのとき、ミキは僕にトントンと指で合図をした。モールス信号だ。前に演劇サークルのみんなで覚えたことがある。「漫画みたいに、モールス信号でやり取りできたらカッコよくね!?」とサトルが言い出して、みんなでモールス信号を覚えたのだ。こういうノリの良さがこのサークルの良いところだと思う。

『ド』『ツ』『キ』『リ』

 ドッキリ。
 うん、なるほど。
 まぁ、ひとまず命に別状が無くて良かったです、はい。

「ミキ、なんで死んじまったんだよ……どうしてだよ……!」

 サトルが膝から崩れ落ちて、奥歯を噛みしめるようにつぶやく……これは、おそらく演技だ。第一に、今の時点で「死んだ」と決めつけるのはさすがに早計過ぎる。サトルは普段、もっと聡明だ。第二に、「ミキから"部屋の鍵開いているから勝手に入って"って連絡来たぜ」と僕とカズミに伝えたのはサトルだ。サトルは「"何か"あるかもな!」と笑っていた。

 『ドッキリ』のことをサトルが事前に知らされていたのか、途中で『ドッキリ』だと気づいたのかは分からない。どちらにせよ、ミキの思惑に乗っかることにしたのだろう。こういうノリの良さがこのサークルの良いところだ。

「ねぇ! ねぇ! ミキ、死んじゃうなんてそんな……! 起きてよ、ねぇ……ねぇ!!!」

 そして、カズミ……こちらはおそらく「ガチ」だ。「ミキが死んだ」というサトルの言葉を鵜呑みにしている。カズミは今、おそらく本気でミキが命を落としたと思い込んでいる。思い込んだら一直線、良くも悪くも、カズミはそういう人間だった。いわゆる「天然」ってやつなのかもしれない。

「おい、ミキ、目を覚ませよ……今度、星空を見に行こうって、この前サークルのみんなで約束したじゃんかよ!!!」

 サトルが涙を流しながら叫ぶ……うん、そんな約束はした覚えがない。最近流行っているJ-POPの歌詞か何かに影響されたのだろうか。サトルの演技力そのものは一級品なのだけど、演技中によくわからない独自設定が突然出てくるので困惑する。本番中にもそれをやらかすから、周りがアドリブでフォローするのが大変だ。このサークルのノリの良さは、サトルによって鍛えられたのかも知れない。 

「ねぇミキ、なんで死んじゃったの……!? じ、自殺……? もしかして、サトルに振られちゃったの……?」

 ……ん?

「でも、告白が失敗したからって、死んじゃうことないじゃん、バカ!!!」

 どうやら、カズミの中では既に「ミキはサトルに告白したが失敗して、そのショックで自殺した」というストーリーが出来上がっているらしい。思い込みが激しいにも程がある。カズミは演技中にも世界観に没入しすぎて、現実と妄想の区別がつかなくなることがある。ある意味、ナチュラル・ボーン・アクター……生まれながらの役者の才能を持っているのだろう。実際、カズミは既にプロの劇団からスカウトを受けているそうだ。

 ……いや、待て。っていうか、気になることが。え、ミキってサトルのこと好きだったの? マジで? 告ったの?

 思わず、サトルの方を見る。さっきまでの演技力はどこへやら、サトルは「え、それ初耳なんですけど……!?」とフリーズしそうな困惑した表情を浮かべている。何も知らなそうだ。

 次に、倒れているミキを見る。じーっと見る。おい、起きろよ、髪の隙間から見えてんだろ……という気持ちを込めて、じぃーっと。何がどうしてこうなったんだよ、一体全体どこからどこまでが『ドッキリ』なんだ。

 観念したのか、ミキはゆっくりと起き上がって座り直し、顔にかかっていた髪を除けた。頬がほんのりと赤い。ばつが悪そうな、恥ずかしそうな様子が見て取れる。

「ミキ!!!」

 すぐさま、カズミがミキに正面から抱きつく。カズミの服もベッチャリと赤く汚れる。ミキはカズミの服が汚れるのをためらって身をよじらせて避けようとするが、カズミは汚れることなどお構いなしに抱きついて「よがっだぁ!!!」と泣いている。こういう純粋な真っ直ぐさが、カズミの憎めないところだ。ミキはカズミの泣き声にまぎれて「失敗した、他にも色々準備してたのになぁ……」と小さな声でボソッとつぶやいた。

 ……あー、これは。アレだな。真相はたぶん、こうだ。

 ミキがサトルを好きなのは、おそらく本当のことだろう。以前、カズミに恋愛相談か何かしていたんだと思う。ミキとカズミはお互いに仲が良い。

 ミキはサトルに電話で事前に「"何か"あるからね」と伝えた。そして、サトルはこの『ドッキリ』を"何か"だと勘違いした。いや、ミキがサトルにそう思うように仕向けた。そして、わざと分かりやすい『ドッキリ』で油断させた上で、さらに追加で"何か"を仕掛けていたのだと思う。

 ミキは「面白いから」って理由だけで行動するやつじゃない。目的を持って行動するタイプだ。だから、『ドッキリ』の後の"何か"で、サトルに何らかのアプローチをする予定だったのだろう。恋心をほのめかす程度に留めるつもりだったのかもしれないし……もしかしたら、サプライズで告白する予定だったかもしれない。いずれにせよ、カズミの天然が暴走して作戦は失敗してしまった、ってところか。

 泣きじゃくるカズミを落ち着かせながら、ミキはこう言った。

「あー、えー、うん。好きです、サトルくん」

 サトルは今度こそ完全にフリーズした。ある意味、サプライズ成功……なのか? しばらく経って「え、あ、ありがとう、ゴザイマス……」とたどたどしく返事している。カズミは相変わらずわぁわぁ泣いている。サトルとミキは二人揃って困ったような視線で僕の方を見てきた。

 いや、そんな目で見られても……。

 どう収集をつけようかな……と思いつつ、僕は「ひとまず、今度サークルのみんなで星空を見に行こうよ」と提案した。

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