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天皇即位の舞「五節舞」はじまりの地、吉野

吉野アンバサダー

はじめまして。カメラマンの佐々木美佳です。
吉野山の桜に魅せられ、吉野アンバサダーに就任いたしました。

吉野に訪れてやってみたいこと、それは「五節舞(ごせちまい)」のはじまりの地での再現と、不審火によって焼失した勝手神社の再建です。

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この「五節舞」というのは天皇の即位式ごとに作舞した雅楽の一部である国風歌舞(くにぶりのうたまい)という十二単の美しい舞です。

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写真:袖振山。勝手神社のすぐ裏、宮坂の途中にある小さな丘です。

この五節舞のはじまりは吉野の離宮に天武天皇(在位673 ~686)がいらしたときのこと。天武天皇が琴を弾いていると吉野山の中にある丘のような小さな袖振山に天女が舞い降り、「乙女ども 乙女さびすも唐玉(唐や朝鮮から来た珠玉)を 袂にまきて 乙女さびすも」という歌(大歌)に合わせ、五度袖をひるがえして舞ったのをかたどったと言われています。

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写真:勝手神社。勝運、必勝、芸能の神様で、山や桜の神様でもある。

そしてこの五節舞をはじめて舞ったという「天女」というのがまた謎多き女神。その名は「瀬織津姫(せおりつひめ)」。「祓戸四神」のうちの一柱の女神で、登場するのは祝詞「大祓詞」の中の『罪穢れを流す(早川の瀬に坐す 瀬織津比売と言ふ神 大海原に持出でなむ)』という一文のみ。

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写真:勝手神社の舞塚。白拍子「静御前」が法楽の舞を舞った場所。

ほかに瀬織津姫についてわずかながらに残っている文章は古代大和ことばで綴られた叙事詩「ホツマツタエ」だけ。女性の天皇である持統天皇より強い女神がいるのは…ということであったり、歴史上のつじつま合わせから日本書紀や古事記などからも消されてしまったともいわれている謎の存在の女神です。

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写真:勝手神社 本殿跡

瀬織津姫には別名もたくさんあり、(伊勢神宮荒祭宮の祭神)天照大神荒魂、撞榊厳魂天疎向津姫命(天照大神の荒御魂/つきさかきいつみたまあまさかるむかつひめ)をはじめ、男性の神様だといわれたりもします。また大海原に罪穢れを流すことから龍神とともに描かれることも多い神様です。

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写真:袖振山の勝手桜。桜の時期にまた訪れて撮影したい。 

もうすぐ桜や若葉の季節がやってきます。天から美しい天女、瀬織津姫が琴の音に導かれ吉野の地に舞い降りる姿をいつか撮影してみたい、と思わずにはいられません。また吉野に訪れる日を心待ちにしております。

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写真:女人舞楽・原笙会による五節舞

Photo writer:京都散歩の旅 佐々木美佳 

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