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今後「世代的スター」は生まれるのか

どうもヒライケントです。
前回の「はじめまして」の投稿をのぞくと
今回が駆け出しマーケターとして書く最初のnoteです。
どうぞお手柔らかに!

さて、今回は昭和や平成を代表する
歌姫やグループなどで〇〇世代と表象されるような
「世代的スター」は今後あらわれるのだろうか。
について書いていきたいと思います。

文章を書き終わった今、
「今後世代的スター」が出てくるのは難しい!
というのが感想であり、結論です。


・疑問:今後「世代的スター」は生まれるのか

平成が終わり、令和が始まるという時代の転換期においては、
SMAPの解散、安室奈美恵の引退など
社会的ムーブメントを起こしたアーティストの転身が続きました。

彼らが歌番組に出るときには
「国民的アイドル」「国民的歌姫」などのテロップと共に紹介され、
「安室世代」などと世代の代表として抽象されるほど
多くの人から認知されるような存在でした。

彼ら以外にも
「百恵ちゃん世代」「ドリフ世代」「おニャン子世代」などの
言葉を聞いたことがある気がします。

そんな世代的スターの人気絶頂期を知らない若者としては、
その世代の一体感や社会全体が熱狂する様子に
なぜだか羨ましいと感じます。

そして、次にはこんな疑問に頭を支配されます。

今後世代的スターは現れないのだろうか

今回のnoteではその疑問に対するわたしの意見を
社会からの「認知獲得」という観点で書いていこうと思います。


・細分化されたメディアが認知を難化した


定義は様々ですが
少なくとも、人気である世代だけでなく、
社会全体から認められることが
「世代的スター」であるのなら「認知」
というのは非常に大事です。

前時代のスター達はテレビ露出を中心に
マスメディアで認知度と共に人気を拡大してきたように見えます。

ここでのマスメディアの最大の働きは、
広く多くの人が特定のものに関しての共通知識を
得られたところにあったのではないでしょうか。

この観点からいうと、
現在のマスメディアは以前よりも効果が弱まっていることが明らかです。
(例:若者のテレビ離れや新聞購読率の低下など)

さらに、メディアの母数も格段に増えたことで、
メディア戦略として現在は市場が細分化され、
ターゲットごとに様々なマーケティングが行われています。


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そうしたメディア環境の変化の結果、
我々を取り巻く情報の数と種類は氾濫レベルに増え、
情報の取捨選択が必須になりました。

情報の送信側が標的を定めるだけでなく、
受け手も同様にメディアを選択します。

テレビを見ない若者、新聞を定期購読しない人、
Instagramを利用しない高齢者などはその例と言えるでしょう。

そのため、一つのメディアで認知度をあげたとしても、
「みんな」から知られている存在にはなれません。 
  
つまり、現在のようにメディアの数とそこに流れる情報が錯綜し、
情報の受け手と送り手がそれぞれに情報の取捨選択を行う環境では、
一人のスターが「世代的」存在になるための認知度獲得は難しい
ということは明らかです。


・メディアの変化と「非計画認知」


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認知度獲得に関して、
現在私たちを取り巻くメディア環境が
コンテンツの認知度拡大の状況を変えている理由はもう一つ考えられます。
それは、「非計画認知」つまり偶然の出会いの減少です。


メディアが細分化・多様化したことについて前段で書きましたが、
現在、とりわけ若者の間では急速にメディア選択に変化が起きています。

例えば、テレビからYouTubeなどの動画共有サイト、
CD音源からストリーミングサービスなどはその最もたる例です。

・テレビでたまたま見たアーティストを好きになる、
・ラジオで流れていた歌を好きになる、
・たまたま目的のCDの近くに陳列してあったCDを手に取る

そんな偶然の出会いによっても認知は広がります。

しかし、ストリーミングサイトや動画共有サイトでは
キーワード検索したもの以外のコンテンツに
触れ合う機会は稀有なことです。

もちろん
YouTubeの「あなたへのおススメ」やTwitterの「リツイート」などは
「非計画認知」を促進するものではあります。

しかし、自分が選んだフォロワーを経由して伝わってくるリツイートの情報や動画の視聴履歴の分析から割り出されるYouTubeのオススメは
自分の行動履歴や行動選択の末に導かれた結果という
ある種のアルゴリズム的な要素があるため、
完全な非計画認知とは言えません。

この非計画認知の観点から言うと、
マスメディアは非計画認知を進めるのに
うってつけのメディアであることが言えます。
時勢の話題は除いて、
各個人の趣味や趣向によらずに情報が流されることで
偶然の出会いを果たす人は多いでしょう。

また、街頭のビジョン広告(OOH)やクチコミなども
非計画認知を促進させる施策と言えます。

しかし、クチコミに関しては、
なかなか正確な情報共有がしにくい側面があります。

「ここの高音がすごくきれいで・・・」
「この芸人のツッコミはキレがよくて・・・」

などクチコミから主観を完全に取り除くことはできませんし、
何よりも音や映像など五感に関わるエンターテイメントの世界では
言葉で伝えられることには限度があります。

物体として存在し、色や形、効能などの情報を共有できる
モノのクチコミと、世代的スターを生むような
エンターテインメントのクチコミでは効果に大きな差があるように思います。

しかし、何にせよ
メディアの選択に変化が行われていることによって
私たちの生活から非計画認知、偶然の出会いは
もともとあった形から変化をみせ、
「みんながしっている」コンテンツになるのが
難しくなったといえるでしょう。


・20年後のわたしたちは「AKB世代」ではない

ここまでメディアの変化や代替によって
認知度を上げにくい現状について書いてきました。

しかし、そんな状況にあっても
数多くの人気者、スター、社会現象となるエンタメは生まれています。
「AKB48」や「星野源」「米津玄師」らは間違いなく
スターに分類できるでしょう。

ただ、なぜだか平成以前のスターへ向けられる
社会の一体感や熱狂と別のものに感じてしまうんです。

えらく根拠に乏しい文章ですがはっきりと言えるのは、
20年後の我々若者世代は「百恵ちゃん世代」と同じように
「AKB世代」や「星野源世代」とは呼称されないだろうということです。

この理由については、
別の記事としても書いていきたいところですが、

メディアが細分化されたことで
各メディアを代表するスターが生まれやすくなり、
同時期に多くのスターとそのファンが存在することで
世代を代表するほど存在としては不十分になってしまう。
ということではないでしょうか。

メディアが細分化されたことは、
趣味や趣向の方向性が多様であり、
たとえ人気者が発掘されても
全員が全員、そのスターを見ていないということが
わかりやすく可視化されたのです。

つまりは、多様なメディアとそこに存在する
多様な人々の存在がアイコン化されることで
世代をひとまとめにできなくなったということです。


・結論「世代的スター」誕生には革命必須


ここまで、今後「世代的スター」は生まれるのだろうか
ということについて書いてきて、
現在では世代的スターが生まれるのは難しい
ということが分かってきました。

そもそも「世代的スター」が必要なのかという
議論は置いておくとして、

マスメディアの力は他のメディアの台頭により
相対的に衰退し、世の中はミドルメディアやパーソナルメディアの集合体といえる様相を見せています。

そんな中で認知度を高め、社会全体から知られている、
かつ、
世代を束ねられるほど浸透し、ファン集団を形成している必要がある。
そんな状況を作るのは
かなり困難でしょう。

ですが、
世代的スターは生まれないとも言い切れません。

メディアを横断的に支配し、
その世代の大多数が夢中であるように
メディアの種類を問わず
社会に映し出されるような存在。

タピオカドリンクのような存在がでてくれば、
その人が世代的スターと言えるでしょう。

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みなさんはこの世代的スターの出現に関して、
どのような意見を持ちましたか?

ぜひコメント欄で意見いただけると、
さらなる考察のヒントになります。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
是非「スキ」や「フォロー」「コメント」などよろしくお願いします!

Twitter⇒@HiraiKen10

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