見出し画像

スイートマージョラム


「あたためますか」と彼女は言った
ここはコンビニではない
ここは図書館だ
図書館のまんなかのカウンターで
彼女はそう言った
意味がわからずうろたえていると
彼女は再びこう言った
「あたためますか」
何をどうやってあたためるのかという疑問の前に
僕は自分をあたためたほうが良いのかを考えた
自分の心や身体
その全体や部分について
僕は自分をあたためたほうが良いのだろうか
彼女が再び言葉を発する前に
答えを出さなければならないような気がした
僕はすぐに自分の心の冷たさを思い出した
恋人や友人からの結論はいつも
僕は冷たい人だということだった
それから身体の冷たさを思い出した
血液の生き届かぬ指先と
走る自転車の風にさらされて冷たくなった耳
そして肌を合わせた人に言われる
冷たいという言葉
それが身体的なものなのか
それとも心のことなのか
それを確かめることなく絶たれる関係
たぶん僕はあたためるべき人間だ
「はい、お願いします」
そう口に出したとたんに奇妙な匂いが鼻をついた
深みのある僕を諭すような匂い
僕に何かを気づかせようとするような匂い
僕はあたためられたのだろうか
僕はあたたかくなれたのだろうか

サポートしていただければ嬉しいです!