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虞美人草【読書のきろく】

美しい風景と人の心の弱さを味わいながら、背筋を伸ばしてくれた

『吾輩は猫である』、『坊っちゃん』、『三四郎』、『こゝろ』など、数々の作品を残した夏目漱石。彼の作品のひとつである『虞美人草』は、ある小説の登場人物が教えてくれました。「ぐびじんそう」、妙に耳に残る名前です。ヒナゲシの別名だそうです。

『虞美人草』が出てきたのは、佐藤正午さんの『鳩の撃退法』。小説家である主人公の津田伸一が、彼の長年のファンだと語る女性にバーテンダーと客の立場で出会う場面で、その一節が語られます。過去に、東京のある書店のサイン会で、小説家と読者として会っていた二人。小説家は、その後、青森の山間の旅館に住み込みで数年暮らし、それからまた旅に出て別の土地で暮らして、数年を経て東京に戻ってきました。

ちょうど一周しての再会だ、運命は丸い池を作る、と夏目漱石は書いているけれど、まったく、ひとの縁とは奇妙なものだね

>鳩の撃退法 下|佐藤正午 著 小学館文庫 p.217~218

その名前と、小説の中で語られていたことが、いつも頭の片隅にあったせいか、図書館で本棚を眺めていた時に、目に飛び込んできました。気づいた時には手に取っていた、とは言い過ぎですが、気になっていた作品は読まずにはいられません。ということで、そのまま借りてきました。

タイトルと「運命の丸い池」だけでは、物語のイメージがまったく湧かない『虞美人草』。『鳩の撃退法』の中で「夏目漱石の文章がハイブロウ過ぎて、あたしなんかには読みづらくて、なかなか前に進みません」と語られているとおり、すらすらと読める文章ではなく、最初は難儀しました。
用語の注釈を読むと、漱石は少年時代に習得した漢文的教養が深かったそうで、小説の中に漢文になぞらえた表現がたくさん出てきます。今とは違う読ませ方をする漢字も多く、慣れるまでは立ち止まって考える時間も結構ありました。

でも、読み進めていくうちに、どんどん引き込まれました。

主要な人物は、仕事と結婚を考える年頃の、6人の男女。学びを共にした仲間たちである、3人の男性。彼らのうち2人の妹と、ひとりの恩師の娘。そんな組み合わせです。
明治時代なので、令和の今とは、恋愛観も、結婚観も、仕事観も違います。男女が結ばれるのは、2人の気持ちだけでは決められず、お世話になった恩義や、財産の相続、親の面倒を誰が見るかなど、その周りにあるものが重くのしかかってきます。
気持ちの弱さから、葛藤が生まれ、探り合いや駆け引きで、自分の立場を守ろうとする。その気持ち、分からんでもない、と言いたくなるのは、弱さは誰の心の中にもあるからなのかもしれない、と思ってしまいました。運命のいたずらもしっかり用意されていて、知るのは読者(と書き手)のみ、のドキドキ感も味わえます。

かと思えば、後半でその弱さを立て直すための、強烈な展開が待っていました。人間として生きるには、真剣勝負ができるか、と。
僕自身、最近あれこれと思い悩むことがあったから、僕に向けて鉄拳が飛んできたような気持ちにもなったんです。

自然の様子や、登場人物の肉体的と精神的な動きの表現も、とても豊かでした。その豊かな表現に浸りながら、人のずるさと弱さも味わいながら、最後に背筋をビシッと伸ばしてくれる。そんな作品でした。

読書のきろく 2021年43冊目
『虞美人草』
#夏目漱石
#新潮文庫

#読書のきろく2021

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