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愛が封印された14行

ムネです。
コルクではもっぱらダジャレを考えています。

今回はコルクの好きのおすそわけに寄稿します。

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「わたしのこと、好きなの?」 

夜、隣駅に住む彼女を家まで送り届けながら、なんども聞かれた。

グズグズと黙っていると、彼女の家を通りすぎてしまい、迷路のような住宅街を2人でだらだら歩く。彼女も僕も黙りこくるなか、僕の頭はぐるぐると回っていた。
(口ではカンタンに言えるけど、それでいいのか?そもそも好きってどういうことなんだ...。この人は、僕がサクッと「好きだよ」と言ってしまえば満足なんだろうか。いや、なんなんだ、、)

終電もなくなったころ、小さな公園のベンチに行き着く。
「で、どうなの?」

「好、き、、です、、」

「そう」とニッコリして、なにを言うでもなく彼女は帰っていった。



思えば、そのころ「彼女のことを好きなのか」「そもそも好きとはなにか」ばかり考えていた。


そんなときジョンキーツの"Bright Star"に出会った

“Bright star, would I were stedfast as thou art”
BY JOHN KEATS  

Bright star, would I were stedfast as thou art—
Not in lone splendour hung aloft the night
And watching, with eternal lids apart,
Like nature's patient, sleepless Eremite,
The moving waters at their priestlike task
Of pure ablution round earth's human shores,
Or gazing on the new soft-fallen mask
Of snow upon the mountains and the moors—

No—yet still stedfast, still unchangeable,
Pillow'd upon my fair love's ripening breast,
To feel for ever its soft fall and swell,
Awake for ever in a sweet unrest,
Still, still to hear her tender-taken breath,
And so live ever—or else swoon to death.
poetry foundationより引用)

この詩の内容は前半の段落と後半の段落に分けられる。ざっくりとした意訳で概観したい。

前半は、巨大で悠久な自然のイメージが語られる。

Bright star, would I were stedfast as thou art— 

「輝く星のように揺るぎない存在でありたい」

watching...Like...Eremite, The moving waters...Or gazing on the new soft-fallen mask...Of snow....

「その星は隠遁者のように海の流れを見つめ、雪が降り積もるのを見守る」


後半は、俗っぽく、ちょっとエロく、ナルシストっぽくなる。

No—yet still stedfast, still unchangeable,
Pillow'd upon my fair love's ripening breast,
To feel for ever its soft fall and swell,

「いや、やっぱり彼女の大きな胸の上で寝ていたい. 彼女の胸が上下するのを感じているときの方が揺るぎない気持ちになる」

And so live ever—or else swoon to death.

「ずっとそうしていたい、でなければ死にたい」



もう少し深く見るため、ロマン派について話す。
作家ジョンキーツは19世紀イギリスのロマン派詩人だ。

エドガー・アラン・ポーは「ロマン派の欲求は"星を求める蛾の願い"に等しい」と言っている。星は天上の美を表し、蛾は詩人を表している。

つまり、「届かないとわかっていても、崇高なものに手を伸ばそうとする人」がロマン派なのだ。

キーツの詩の前半部分は、まさにロマン派的なことばが散りばめられている。たとえば、星・永遠・自然・岸辺・山・雪化粧

しかし、後半はすでに書いたように、俗っぽい。ロマン派の型を破る内容だ。

なぜキーツがこんなことをしたのかは、資料に残っていないが、思うに、彼にとって、切実に欲していながら、絶対に手に入らない世界は、恋人との世界だったからだろう。

キーツは若くして、不治の病だった肺結核になる。
周りの友人たちがお金を出しあって、死が近づく彼をイタリアに向かわせた。美味しいごはんと気持ちいい空気は病をいやすと思われていたのだ。

2度と戻ることのないイギリスに、愛する人を残し、イタリアへ向かう船の中で彼が書いた詩こそ、この"Bright Star"である。

この詩の後半部分、詩人と恋人との肉体的な交わりは、日常的な性の営みではなく、もう2度と訪れることのない幸福のひとときだったのだ。



この詩は、その内容に負けず劣らず形式も完璧。

「キーツの愛が封印された詩」と僕は呼んでいるが、「封印」ということばがピッタリなほど、隙のない作りになっている。

この詩のような14行の詩はソネットと呼ばれ、イタリア流とイギリス流の2つの流派がある。韻の踏み方が大きく違う上に、構成も異なる。

イタリア流では、前半の8行で1つのテーマを語りつくすが、後半6行でそれをひっくり返す。後半が否定のことばで始まることが多い。

一方、イギリス流では、4行を3つ並べ、最後に強烈な韻の踏み方をする2行で締める。起承転結みたいな感じだ。

キーツの詩は、この両方の流派をミックスしている。

「星になりたい!」と言ってからの「いや!やっぱ胸の上で寝てたい!」という内容だから、構成はイタリア流だ。

そして韻は、イギリス流だ。綺麗に踏んでいる。

art-apart
night-Eremite
task-mask
shores-moors 

unchangeable-swell
breast-unrest
breath-death

特に最後、breath(呼吸)とdeath(死)という正反対のワードで踏んでるのはマジで強烈。彼が肺結核で息苦しい生活をし、日に日に死に近づいていることも考えると、秀逸。最強の結び。マジのパンチラインをイギリス流の起承転結を踏まえて書いている。

このように、イタリア流とイギリス流を完璧にミックスさせた詩に、(しかもイギリスからイタリアに向かう船で書かれている詩に!)キーツ自身の切実な愛が封印されているのだ。



僕はこの詩を読み解いているうちに、ボロボロ泣いてしまった。キーツの切ない物語に感動しただけではなかった。これほど恋人を慕う気持ちを持ちながら、その気持ちを理性的なレトリックの中に封じ込めることが可能なのか?これほどまでに次元の高い愛を持っているのだろうか、、?好きとはなにかに悩む自分と対比させ、詩の中に崇高なものを感じていた。

この詩は、「好きとはなにか?」に対する1つの答えになった。

その年、僕は彼女と別れた。

(おわり)




余談
noteを書くにあたり、久しぶりに翻訳し直した。英詩の翻訳はだんだん楽しくなってくるのでおすすめです。そして書きたいことたくさんあることを思い出したので備忘メモ。

勝手に翻訳!
輝く星よ、あなたのように不動でありたい
星々の中、夜空高く輝きを放ち
閉じることなき瞳を開き、
辛抱強く、眠りも知らぬ自然の隠遁者のように、
世界の岸辺を清め洗い
流れ続ける水を見ているのだ
あるいは山や原野に降り積もる、
新雪のふくらみをじっと見守るのだ。

いや!よりゆるぎなく、より変わらなくありたい
恋人の豊かな胸を枕に
その柔らかなうねりを感じ、
甘やかな不安の中でずっと起きていたい
そしてなお、彼女の柔らかい吐息を聞き、
ずっとずっと生きていたい、、さもなくばイってしまいたい

Ermite(隠遁者)は先輩詩人のあの人だった!?
この詩がいつ書かれてたのかを証明するために、イギリスのお天気情報をかき集めた論文がある!?
この詩の後半は勃起ドリブン!?(自論)
この詩はシェイクスピアのアンチテーゼ!?(自論)
「星を求める蛾の願い」の元になったシェリーの詩 "To---"もめっちゃいい!?
シェリーといえば、カッコーの詩もめっちゃいい!?
ムネは、愛とは何かを知るために、30代童貞の会で説教する美魔女に弟子入りしたことがある!?

また書きます。

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