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[想像に眠るあなたへのメッセージ]魔女の落とし物

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 魔女の落とし物
 
 「きっと、ジミーもミノリの事好きだよ~。告っちゃえば~。」と、友達は冷やかすように言っているけれど、片想い中のジミーの事なんてどうでも良くなるぐらい、手も足も疲れて切って、限界をとっくに超えている。
 「ん~。まだ待ってみる。バイバーイ!」と、まだ話したそうな友達との会話をさっさと切り上げて、家に向かって歩き出した。

 アメリカの子供達にとっての最大のお祭りであろう『ハロウィン』の今日。私の住む、一軒家が建ち並ぶゲート付きコミュニティでは、コスチュームを着て、お菓子を入れる為の袋を抱えた子供達で溢れかえっている。
 友達と別れた後、もう一度だけ今年の成果がパンパンに詰まった袋を覗き込み、大好きな飴を口に放り込む。あま~い飴にニヤけてしまった顔をもち上げた時、鉄製のゲートの隙間から小さな光が見えた。道路の向こう側にあるのは、広大な空き地だけのはず。

 「あれ?あんなところに家があったの?」

 お父さんは、「暗くて危ないから、このコミュニティーの外には出てはいけないよ。」と、今年、一番人気の映画に出てくる、前歯の大きな魔女のコスチュームを着て、興奮が抑えきれず、靴が半分脱げている状態で出発しようとする私の背後から念を押すように言っていた。

 約束は、忘れてはいない。だけど。
「最後にもう一件だけ!」
臆病なくせに好奇心を抑られない私は、もうすでに道路を渡ってしまっている。

 私の腰の高さまで伸びた雑草をかき分けて進むと、白い外壁の小さな家に続く真っ暗な細道があった。道路の街灯の灯りさえ、もう届いていない。玄関先で光るオレンジ色の明かりだけが頼りだ。
小さくなった飴をガリガリっと噛み砕いて恐怖心を打ち消す。だけど、砂利を踏みしめる度にガリガリっと出る音が恐怖心を再び煽る。家はすぐそこに見えるのに、急に引き返したくなった。
「怖すぎる。やっぱり帰ろう。」と思った時、玄関前で椅子に座っている魔女の姿が見えた。袋に入っているお菓子がこぼれないように、袋の口をギュッと握りしめて全速力で向かった。

「Trick or Treat(トリック オア トリート)」

 この魔法の言葉を、もう可愛く言えない12歳の私は、吐く息多めに下を向きなが呟いた。魔女のコスチュームを着て、三角の帽子を深くかぶっている女性の目の前に、すでにお菓子でいっぱいの袋を開いて差し出すと、握っていたものを袋の中に落とした。『カサッ』真っ暗でお菓子は見えなかった。音からすると、一口サイズのチョコレート1個だと推測できる。
「約束を破ってここまできたのに、チョコレート1個かぁ。」とガッカリもしたが、そんなことより無言で無音の恐怖から早く逃げ出したくて、さっさとお礼を言い、真っ暗な細道を、見えない恐怖から逃げるように無心で走って家に帰った。

 ダイニングテーブルの上に、袋の中身を全部広げると、テレビを見ていたお父さんが「今年も大収穫だな。明日のケーキはいらないんじゃないか?」と笑いながら言って、お菓子の山を大胆に崩しながら物色し始めた。
私も、一緒になってお目当てのグミを探していると、おとぎ話に出てきそうなメルヘンチックな金色の鍵がある事に気がついた。「この鍵、お父さんの?」と聞くと、チラッと鍵に目線を送り「知らないなぁ~。」とだけ言って、サクサクのワッフルをチョコレートでコーティングした私が大好きなお菓子の袋を勝手に開けてポリポリと頬張った。
 いつも通り、私の話は半分しか聞いてない父の事は無視して、鍵をジッと見つめた。なぜか、最後に行った魔女が入れたような気がした。でも、このことはお父さんには言ってはいけない。だって、行ってはいけない場所に行ったのだから。だから、私も知らないふりをして、「もしかしたら、友達が間違って入れたのかもしれない。」と聞いてもいない父にとりあえず言い、お母さんの写真が入っているロケットペンダントのネックレスを首から外して、鍵をネックレスに通し、もう一度、首に付け直した。
鍵はサイズ感といい、色味といい、このネックレスに怖い程しっくりきた。
 重たい袋を持ちながら二時間以上も歩き続けた体は疲れ果て、明日の学校の準備も忘れ、ベットに倒れ込むように寝てしまった。そうしたら、なんだか悲しい夢を見た。

 怖いくらいに真っ白な部屋に、白いノースリーブのロングドレスを来た女性が、何かを大切に抱えながらロッキングチェアに座っている。それは、私が子供の頃大好きだった金色の装飾のついたジュエリーボックスにとてもよく似ている。
彼女は、さっきから小さな声で呟いている。
「そばにいてあげられなくてごめんね。」
一粒の涙が、彼女の頬を通って箱の上にポタっと落ちる瞬間を見た。

『ジリリリリリ!』
うるさい目覚まし時計が鳴って、目が覚めた私の頬も濡れていた。

ハロウィンの次の日の今日は、私の誕生日。お父さんが特別に学校へ送ってくれる。
準備が遅い私に苛立った様子で、玄関の前に止めた車の中で、ハンドルを掴んだ指をトントンさせてるお父さんの姿が私を焦らせる。
靴の踵を踏みつけたまま、玄関の鍵を閉めようとした時、「今日は、赤ちゃんの頃の写真を学校に持っていくんだ!」と思い出し、お父さんに「忘れ物した!ちょっと待って!」と叫びながら、急いで家の中に戻った。

 小さい頃のアルバムは、私の部屋のクローゼット一番上に置いてある段ボール箱の中。焦っている私は、椅子を持ってくることが面倒で、爪先立ちをしながら指先だけを使って、少しづつ段ボール箱を前へ前へとずらす。腕も足の裏もつりそうで、「もう限界!」と思った瞬間、ダンボール箱の中身が雪崩のよう降ってきて、尻餅をついて後ろに転んだ。
「いった~。」
痛みを我慢して、一番近くにあったアルバムをさっと握りしめ立ち上がろうとした時、大量のアルバムに紛れて、あのジュエリーボックスも落ちている事に気がついた。とりあえず、その箱も一緒に握りしめて、急いで車の後部座席に乗り込んだ。

 「お父さん、このジュエリーボックス、覚えてる?アルバムが入ってた段ボールの中に一緒に入ってたみたい。」と聞いてはみたが、お父さんはバックミラー越しに箱をチラッと見て「わからないなぁ」と言うだけだった。

 ジュエリーボックスは、鍵がかかっていて開かないみたいで、耳元で振ってみると、カサカサっと紙が入っているような音がする。そういえば、昨日見つけた鍵も金色だったと、ふと思い出した。合うはずが無いとわかっていても、どうしても試してみたかった。

 ネックレスを首から外し、鍵を鍵穴に入れ回してみると『カチャッ』と音がした。
「えっ??」
恐る恐る蓋を開けてみる。

『ミノリちゃん、13歳のお誕生日おめでとう。』と書かれた封筒が入っていた。
 
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ミノリちゃんへ。 
 13歳のお誕生日おめでとう。お父さんと仲良くやってますか?お友達といっぱい遊んでますか?学校は楽しいですか?このお手紙を見つけてくれて、どうもありがとう。13歳のミノリちゃんに伝えたいことがあって、お手紙を書いています。まだ子供ではあるけれど、少しづつ大人になる準備をしている悩みの多いお年頃になってきましたね。ミノリちゃんと、恋の話や友達の話、将来の話、いっぱいお話したかったな。ごめんね。寂しい思いをさせて、ごめんね。お父さんにも話せないような、困ったことがあったら、一人で悩まずにお母さんにも、こっそり悩みを打ち明けてね。
お母さんは、いつでもミノリちゃんの事を見守っていますよ。愛しています。
お母さんより。

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  手が震えて手紙がなかなか封筒に戻せないまま、もう一度、箱の中を見ると、一枚の写真も一緒に入っていた事に気がついた。
 そこには、ロッキングチェアに座り、おくるみに包まれた、生まれたばかりの私を大切に抱く母の姿があった。私に向けられている母の眼差しは、カメラに微笑む時間さえも惜しむように、そして、もうすぐこの幸せな時間が無くなる事をすでに知っていたかのように、母の全ての思いを私に注いでいるようだった。

 私は、止めどなく流れる涙をどうにかしたくて、上を見上げて車の外に目を移した。街角で大々的に宣伝している公開中の映画のポスターに、ふと目が止まった。

『今すぐあなたに会いたい。
ー恋するあなたに贈る愛の物語ー』

ー終わりー

魔女の落とし物〜あとがき〜
 
 私が10歳くらいの頃『親の死に目に会えない。』と、ふと頭を過った場面を今でも明確に覚えている。それは、ただの勘違いではなくて、本当にそうなってしまった。
コロナ禍で入国、出国の規制が一番厳しい時に父が亡くなり、アメリカに住んでいた私は、父の死に目に会うことができなかった。
でも、亡くなる1年半前に、日本に戻ることはできていた。久しぶりに会った父の衰えには驚いたが、外まで見送りに来て手を振ることはできていた。それなのに、涙ながらに手を降っている父の様子は、「会うのはこれが最後だよ。」と訴えてきているようだった。そんな悲しい事は信じたくもないと思った。でも、やっぱりそれが最後となってしまった。
そんな理由もよくわからないけど、ふと思った事が現実になる事が多い。
子供の頃に「「アメリカ人と結婚して、子供を産む。」って言っていたのも、どうしてそんな発想が出てきたのかが全くわからないが、実際にそうなった。
 3人の男の子を出産して、4人目は無いと周りには言っていたにも関わらず、「もし子供が4人できるのならば、4人目の子供は、私が私の兄姉と歳が離れているように、歳の離れた娘が生まれるのだろう。」とふと頭をよぎったことがあった。そして、歳の離れた4人目の女の子を出産した。
 私の人生を振り返ると、全てが既に計画された事かのように進んでいる。
就職した職場先も、その時の私に必要な人や環境に出会える場所に送られていたかのようだったし、こうして、突拍子もなく小説を書こうと思ったことも、今はまだわからないけれど、きっと何かにつながる計画の一部なのだと思うとワクワクが止まらない。
 ふと目に入ってきた言葉や出来事、ふと頭に浮かんだ事、ふとした瞬間の出来事、その全てに必要なメッセージが隠されているのかと思うと、平凡な普段の生活さえも、魔法がかかったかのようにキラキラしだす。

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