見出し画像

the HIATUSについて語る/はじまり

はじめに

私の大好きなバンド「the HIATUS」について語る連載シリーズです。アルバムや参戦したツアー等、何回かに分けて投稿します。

2008年にELLEGARDENをきっかけに日本のロックにのめりのんだ。ストレイテナーやASIAN KUNG-FU GENERATION、チャットモンチー、マキシマムザホルモン等の邦ロックの虜になった。

これらの大好きなバンドは、退屈な毎日から自分を解放してくれた。いつも音楽と生き様で私たちを勇気付けてくれた。
これらの音楽を聴くと、「自分はまあなんとかやっていける。大丈夫。」と根拠のないポジティブが働く。これが無かったら、私はどこかのタイミングで間違いなく死んでいたと思う。
この薬は今でも作用していて、ある程度思慮深く生きても、すぐ隣には大事故が潜んでいる近年の世の中をある程度大股で歩けている。

私の生きていくための軸には「これらの音楽を好きで居続けたらなんとなく大丈夫」というのがあり、十数年間それで生きながらえてきたのだ。

そんな音楽と出会うきっかけをくれたエルレは当時活動休止を発表していた。好きになったタイミングでもう活動休止をしていたため、ショックというよりへーそうなんだ、、くらいの感想しか持てなかったのを覚えている。まだアルバムを全部聴けていないし、ライブ映像もみたこともない、楽しいことしか待っていないのにショックを受けている暇なんてなかった。

the HIATUS

そんな中、エルレのボーカルの細美武士がソロプロジェクトをすると、自身のブログで発表した。バンド名も決まってなかったと思う。

楽しみで仕方がなかった。
自分からしてみたら、大好きなバンドのフロントマンが作る新曲をリアルタイムで聴ける。そしてその活動を応援できる。こんなに喜ばしいことはないのだ。

当時、中学3年生の私は名前すら決まっていないバンドに釘付けだった。
細美さんのブログは常にチェックし、インタビューが掲載されるロッキングオンの雑誌を買って読んだりしていた。音楽の趣味が近い友人とも、話す材料がほぼ無いのにも関わらず語り合った。

どこで知ったかは覚えていないが、バンド名が発表された。名前は「the HIATUS」。調べると、休止や狭間、無蓄積期間などというワードが出てくる。

今考えるとよくこんな名前つけたなあと思う。自分のバンドが止まってしまって、これから新しいことをやろうというのに、なんでこんな名前にしたのだろうと不思議だった。

長年応援していて、細美さんの口からエルレとハイエイタス、MONOEYESについてどんどん紐解かれていったので今は何にも心配していない。4thアルバムのKeeper of the flameからはもう音楽性も、バンドとしてのフィジカルの強さも無敵のバンドだった。

私の心はハイエイタスと共にある。
一番好きなバンドを挙げろと言われたら迷わずthe HIATUSと答えるようにしている。ずっと彼らの音楽と一緒に生きてきた。

新譜を出す度に休みをとり、ツアーにも行った。4thアルバムぐらいから本当にチケットがとれなかったけど、Twitterでチケット募集を呼びかけたりしてなんとか食らいついた。参戦できなくて悔しい思いをしたことも少なくない。5thアルバムのHands of gravityの時はチケットが取れなくて泣いたことがある。(なんなかんや行けた)

十周年の国際フォーラム公演の時は本当にチケットがとれなくて、ああもう無理かと思っていた。自分のキモいぐらい連投していたツイートをみて、「是非あなたと参戦したい」と言ってくれた九州の男の子がいた。Twitterも転生してしまいもう連絡をとることができないけど、いつかまた会いたい。ドラマーで元気いっぱいの男の子、きっと音楽を続けているはずだ。

何回かに分けて、この大好きなバンドについて書こうと思う。自分の人生そのものに近いモノについて書くのはちょっと恐いけど、30歳になるまでにけりをつけたいと思います。

お暇な時にお付き合いください。

全部宝物

この記事が参加している募集

スキしてみて

やってみた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?