カブール発復興通信

No.11「「外部からの近代化」は近代化なのか」

新潮社 『 Foresight 』2006年6月号より転載。見出しは「「外部からの近代化」は近代化なのか」。

ドアを開けると、サジアがさっとショールのようなものを引き上げて髪を覆う。小さな蝶々の形をした髪留めが一瞬見えたが、もう見えない。髪を顕にした方がずっと可愛いのにと思うが、もちろんそんなことは言えない。

私がこのオフィスに着任した十八ヵ月前、全アフガン人職員三一六人のうち女性は二人だけであった。その後、私はアフガン人職員を四人雇ったのだが、そのうち三人がサジアを含め女性であった。

これは単に一番優秀な人から雇った結果に過ぎない。国連には男女雇用機会均等を積極的に推進するという建前があるが、そんなことは選考過程ではまったく念頭になかった。

アフガニスタンでは高等教育を受けた女性が働ける職場というのは非常に限られている。私企業などほんの少ししかないし、官僚制度も今やっと整備し始めたところ。医療機関や教育機関もカブール以外ではまだまだ伝統的医療や寺子屋のようなものが主流で、職場として成立しているわけではない。

女性の働く権利というのは、そもそも可能性としての職場が社会に出現するまで、主張される必要はなかった。その点において、それは極めて近代的な概念だと言える。

我々がイメージするような職場がなくても、人類の登場以来女性は働き続けてきたはずである。現在のアフガニスタンを見ても、農業では男女の分業が確立され、何百年にわたってアフガン女性も男性同様、働き続けてきたのである。性差による分業が成立する農耕社会や遊牧民社会ではわざわざ女性の働く権利という概念を抽出する必要はなかった。

ところがそのような前近代的な農耕社会や遊牧民社会を近代的な視点から見ると、女性の人権は著しく侵害されているように思える。しかし、それは近代化が様々な要因によって阻害され中断されてきたこと、言い換えればいまだ近代的概念としての人権が適用不能状態にあることを確認しているに過ぎない。

ソ連侵略後のカブールではミニスカートをはいている女性もいたということを元に、アフガン女性も昔は自由だった、彼女たちの人権侵害はソ連撤退後、内戦を経てタリバンによって始まった、というような報道が数多くなされ、それが通説になったのかもしれない。それが真実なら今やアフガニスタン中にミニスカートの女性がいるはずだ。だが、実態はまったくそうではない。

国際社会が復興援助や平和構築という名目の下で行なう様々な活動の内部には、隙間なく近代的概念としての人権が組み込まれている。国連のアフガニスタンにおける現在の活動の根拠は二〇〇一年十一月十四日の国連安保理決議一三七八号にあるのだが、そこには「アフガニスタンを近代化せよ」などとはもちろん書いていない。しかし、すべてのアフガン人を代表し、人権を尊重する政府の樹立を促す、この決議の内容は〝近代化〟を要求している。つまり国際社会が復興援助として行っていることの本質は、「外部からの近代化」なのだ。

これはドン・キホーテ的営みではないだろうか。内部の自発性によるのではなく、近代が外部からやってきたら、それはもはや近代とは呼べないのだから。

「外部からの近代化」に従事しているなどと自覚している援助関係者はほとんどいないだろう。男女雇用機会均等が国連オフィスで実行され、すべての事業内容に近代的概念としての人権が組み込まれ、アフガン人を「指導」することによって、それは静かに浸透していく。

民主主義を自発的な行動によって獲得できず、外部から与えられてしまったことによる、その内実の貧困を「戦後民主主義」という言葉を使って確認してきた日本人としては、戦後アフガニスタンで復興援助や平和構築という形で進められる「外部からの近代化」が本質的な近代化の契機をアフガニスタンから奪うことを懸念してしまう。

(続く)

「カブール発復興通信」目次
No. 1  「アフガン人はどこに戻るのか」
No. 2 「アフガンを覆う「4つの経済」
No. 3 「大統領を苦しめる正義と安定のジレンマ」
No. 4  「アフガンに眠る無数の地雷」
No. 5 「苦しみながら進化してきた地雷対策」
No. 6 「セキュリティ対策「二つの変数」を問え」
No. 7 「未来への決意を試されるロンドン会議」
No. 8 「全土34県に広がるけしの栽培」
No. 9 「アフガンの曙光を映し出す現地テレビ放送」
No. 10 「歳をとらないアフガンの女性」
No. 11 「「外部からの近代化」は近代化なのか」
No. 12 「伝わってきた普通のアフガン人の怒り」
No. 13 「アフガンの舵取り役が負わされた課題」
No. 14 「COVER STORY アフガニスタンにいまだ復興の兆し見えず この“国家“を国際社会は救えるか」


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