No.10「歳をとらないアフガンの女性」
新潮社 『 Foresight 』2006年5月号より転載。見出しは「歳をとらないアフガンの女性」。
「アフガンの女性は歳をとらないのよ」と、女性問題省のマスーダ・ジャラル大臣が言ったことがある。自慢でも冗談でもない。アフガン人女性の平均寿命は四四歳。つまり、歳をとる前に死んでしまうという現実を彼女は話したのだ。
二〇〇一年九・一一の後、米同盟軍の攻撃によってタリバンが追放され、アフガン女性が解放された、そして彼女たちはブルカを脱ぎ捨てた、というのが、当時の報道が作り上げた典型的なイメージではないかと思うが、そのようなイメージは、対テロ世界戦争のサポートにはなっても、当のアフガン人女性の大多数にとっては何のことだか分からなかっただろう。
女性問題省大臣のマスーダ・ジャラルは、アフガン女性の境遇の改善には長期的なアプローチが必要であると主張している。彼女たちが直面している問題は、短命に終わったタリバンが登場するはるか以前から存在する問題であるし、一つの政権を交代させたら消滅するというような底の浅い問題ではないからだ。
アフガニスタンでは、昔からザール・ザン・ザミン(金・女・土地)が紛争の三大原因だと言われている。「女」が、「金・土地」と並列して語られるという一事で、すでにアフガン女性の置かれている境遇の一端が見えると思う。
女性問題省の文書には、すべての結婚の六割から八割が強制的なものであると記されている。そして、それはしばしばなんらかの紛争の解決のためであったり、借金の返済のためであったりするのだ。
現在のアフガニスタンでは一六歳以下の結婚は違法だが、五七%の女性が一六歳以下で結婚し、三割以上の女性が十八歳未満で出産、十五歳未満で出産する女性が一割もいる。そして、アフガン女性が生涯に出産する子の数は平均して六・六人。
しかも、現在、助産婦など専門家が立ち会って行われる出産は全体の一四・三%に過ぎない。医療施設での出産となると全体の一一%だ。若年の結婚・出産、しかも多産で、かつまともな医療環境が整っていないとなると、どのような結果になるか。
統計に表れている数字では、三十分に一人の女性が出産中に死亡している。全体では十人に一人の女性が出産中に死亡する。これが、「アフガンの女性は歳をとらないのよ」の内実なのだ。
アフガニスタン独立人権委員会の報告書は、アフガン女性の五割が不幸な結婚生活を送っていると伝えている。自分の意思とは関係なく、借金返済や紛争の決着のために、老人に嫁がされた少女が幸せであるはずもなく、凄まじい家庭内暴力に傷つき、路上に捨てられ、病院に収容されたというような新聞記事もたまに出ることはある。
そして、暴力と絶望の果てに女性たちは自殺する。去年一年間でアフガニスタン西部のヘラートだけで百五十人の女性が焼身自殺を図ったと人権委員会は報告しているが、もちろん、我々が知ることができるのは氷山の一角に過ぎないだろう
四半世紀の戦乱でアフガニスタンにはたくさんの未亡人が生まれた。アフガニスタンの伝統によると、未亡人は亡くなった夫の兄弟か、近い親戚とのみ再婚できる。自分の意思とは関係なく、義父の決めた相手と再婚するか、しない場合は子供だけは義父の家に取られて、嫁は追放されることになる。
この前近代的な習慣を破ったのは、皮肉なことにタリバンだった。九九年、タリバン総帥のムラー・オマールは、未亡人は望む相手なら誰とでも再婚できるというお触れを出した。しかし、再婚の自由はタリバンの崩壊によって三年ほどで終わる。困ったのは、その三年の間に再婚した女性たちだ。再び、義父の家族が現れ、殺すと脅されて、女性問題省に助けを求めてかけこむ女性が出てきた。
マスーダ大臣が取り組んでいる女性問題は一時的な現象ではないのだ。彼女は、アフガン人すべてが協力して努力すれば、アフガン女性の境遇の改善は数十年で達成されるだろう、しかし、みんなが協力しなければ数世紀かかるだろう、と言う。
メディアが作り上げた華々しく解放されたアフガン女性というイメージは、国際社会がタリバンをひっくり返してあげた、だからアフガン女性は幸せでしょうという押し付けがましいメッセージではあっても、現実にアフガン女性の助けにはならない。アフガン女性たちが戦わなければならない相手は、爆弾で乗り越えることのできない前近代の伝統なのだ。
(続く)
「カブール発復興通信」目次
No. 1 「アフガン人はどこに戻るのか」
No. 2 「アフガンを覆う「4つの経済」
No. 3 「大統領を苦しめる正義と安定のジレンマ」
No. 4 「アフガンに眠る無数の地雷」
No. 5 「苦しみながら進化してきた地雷対策」
No. 6 「セキュリティ対策「二つの変数」を問え」
No. 7 「未来への決意を試されるロンドン会議」
No. 8 「全土34県に広がるけしの栽培」
No. 9 「アフガンの曙光を映し出す現地テレビ放送」
No. 10 「歳をとらないアフガンの女性」
No. 11 「「外部からの近代化」は近代化なのか」
No. 12 「伝わってきた普通のアフガン人の怒り」
No. 13 「アフガンの舵取り役が負わされた課題」
No. 14 「COVER STORY アフガニスタンにいまだ復興の兆し見えず この“国家“を国際社会は救えるか」
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