カブール発復興通信

No.13「アフガンの舵取り役が負わされた課題」

新潮社 『 Foresight 』2006年8月号より転載。見出しは「アフガンの舵取り役が負わされた課題」。

カルザイ大統領に対する風当たりが強くなっている。元々カルザイ政権を米同盟国の傀儡政権として非難していた勢力はいたが、それだけならニュースにもならない。最近目立つのは、アフガン政府内部や一般アフガン人の間におけるカルザイに対する失望の声であ り、さらにカルザイをあれほど持ち上げていた西側メディアにおけるカルザイ人気の低下だ。

カルザイは何か大きな失敗をしたのだろうか。そもそもカルザイには一国の舵取りをする能力がなかったのだろうか。

カルザイ批判の根底には、アフガニスタンの現状に対する不満があるのは間違いない。米同盟軍による空爆、タリバン政権の崩壊、そしてボン合意から四年半以上経ったが、アフガン人が夢見た輝かしい復興はまだやってきていない。

一、麻薬原料となるけし栽培はカルザイ政権下で既に史上最大に達していたが、今年はけしの作付面積が二十五%増加し(十三万ヘクタールになる)、史上最大の収穫量をさらに更新する見通しだ。

二、アフガニスタンの安全も加速度的に悪化している。ボン合意後の最初の三年間に殺された米兵は約百人だったが、去年一年間で約九十人、そして今年は前半だけで約六十人の米兵が殺された。アフガン兵を含めると今年だけで千百人が殺されている。また最初の三年間にはほとんどなかった自爆攻撃が去年から急激に増え始め、今年だけで百人以上のアフガン人がその犠牲になった。その中には四十人の米兵も含まれている。

三、約三千百万の人口のう ち、現在、三百五十万人が慢性的な食料不足で飢餓に苦しんでおり、さらに三百万人が周期的に食料不足に陥っている。五十%以上の子供が栄養失調で、村落地域の人口の三分の一が最も基礎的な栄養の必要を満たすことができない。

つまり、アフガン国民が最も期待していたもの、「安全」と「食」が満たされるどころか、さらに劣化したのだ。けし栽培の増加は、その一つの結果でもある。

元々、カルザイが国家の舵取りを引き受けた二〇〇一年末のアフガニスタンには、あまりに多くの課題があった。

第一に、国民国家としての統一という仕事。一九六四年の憲法制定により、国家の形はできつつあったのだが、七〇年代末のソ連侵攻以来二〇年以上続いた戦乱によって、一個の国民国家としての意識の定着も制度の完備も頓挫していたのだ。明治維新が始まったかと思うと、外国の侵略により一気に戦国時代に戻ってしまったようなものだ。徳川家康が達成したような全国統一の達成に一番近いところまで行ったタリバンを米同盟軍が放逐したからといって、全国統一が自動的に達成されたわけではなかった。

第二は、近代化という仕事。近代憲法の制定が即近代化を達成するわけではないとしても、少なくともそれは外部からでなく内部からの近代化の動きであった。まず近代的な憲法・国家制度を整備し、それを実際に運用することによって近代化を進めるという過程がアフガニスタンでは頓挫したままであった。

第三は、開発という仕事。二〇年以上に渡る戦乱がアフガニスタンを荒廃させたことに疑いはない。しかし、それ以前のアフガニスタンもまた最も貧しい国の一つだった。つまり、戦乱によって荒れた国土を元に戻すだけでは貧困からの脱出はとうてい無理な状態だった。

第四は、戦後処理という仕事。ソ連侵攻以降の戦乱を三種の戦争に分けることができる。一つ目が侵攻するソ連と抵抗するアフガン人。ソ連と戦うアフガン人は「自由の戦士」と呼ばれ、西側及びイスラム諸国の援助を受け、これは冷戦下の代理戦争の一つでもあった。二つ目がソ連撤退後の「自由の戦士」どうしの戦争。彼らはやがて軍閥と呼ばれるようになり、最後に登場したのがタリバンであった。三つ目がタリバン及びアル・カエダと、彼らを攻撃する米同盟軍との戦争。三つの戦争それぞれにおいて、戦争犯罪の数々が知られているが、国家としての組織的な調査も行われず、処罰も和解もないまま、すべては棚上げになった状態であった。

第五に、アメリカのいう「対テロ世界戦争」の最初の成功例になるという使命だろう。

二〇〇一年末のアフガニスタンには、少なくとも上記五つの課題があったのだ。(この項、次号に続く)

「カブール発復興通信」目次
No. 1  「アフガン人はどこに戻るのか」
No. 2 「アフガンを覆う「4つの経済」
No. 3 「大統領を苦しめる正義と安定のジレンマ」
No. 4  「アフガンに眠る無数の地雷」
No. 5 「苦しみながら進化してきた地雷対策」
No. 6 「セキュリティ対策「二つの変数」を問え」
No. 7 「未来への決意を試されるロンドン会議」
No. 8 「全土34県に広がるけしの栽培」
No. 9 「アフガンの曙光を映し出す現地テレビ放送」
No. 10 「歳をとらないアフガンの女性」
No. 11 「「外部からの近代化」は近代化なのか」
No. 12 「伝わってきた普通のアフガン人の怒り」
No. 13 「アフガンの舵取り役が負わされた課題」
No. 14 「COVER STORY アフガニスタンにいまだ復興の兆し見えず この“国家“を国際社会は救えるか」


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