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【散文】9・隠者の名は

 隠者には秘された名前がある。三重に偉大なヘルメス。古代エジプトの司祭であり魔術師であった彼は、隠秘学の祖にして偉大な哲学者であった。
 この隠者の哲学は宇宙の秘密と、宇宙を動かしている霊的な力、霊的な知識に通じている。思想・霊性・魔術が融合したヘルメス学は、この隠者をルーツとしている。
 イエスの教えに先んじてやってきた教師であり、ルネサンス期にはゾロアスターやモーゼに並び称される哲学者であったと考えられていたのだ。当時のオカルティストにとって、彼は偉大なる錬金術師でもあった。

 ブルーグレイの背景の中に、淡いグレイのローブを纏った老賢者が、右手にカンテラの灯りを掲げ、左手に黄金色の杖を持っている9番のカードは、この隠者以外の余計なものが極力排除された画面構成になっている。カンテラの中の六芒星と杖だけが明るい黄色に塗られており、他のものはほとんど灰色の中に沈んでいる。
 これは隠者の孤高の精神性を端的に表現したものである。この人物以外の人も動物も、全く描かれていない。そこに存在するのは隠者と真理を照らす光だけである。内省し、洞察すること。己のうちに深く深く沈み込むことこそが、至高の領域に到達するための道なのだ。

 老賢者のイメージの背景には、知恵と学問を司るメルクリウス神と、エジプトの語学と学問を司るトート神が融合している。正統派の教えが異教や異端を一掃していく過程で、正統から漏れたものたちは地下に潜伏した。密儀宗教や秘密結社は表向き消滅していったが、秘密の教えは地下水脈のように陽の光の届かないところで脈々と受け継がれていった。
 オカルトという言葉の語源は、「隠されたもの」という意味の言葉であり、隠された真理の探究に他ならない。人の目に晒されることのないように、隠された教えを意味しているのだ。

 9という数字は普遍性を意味すると言われている。3という数が秘教において重要な数であることはすでに触れてきたが、9は3の三倍であり、3という特別な数の象徴的意味を強めることになる。
 9という数の特殊性について、ピュタゴラスは次のように考えていた。「9はあらゆる数に変化することができ、なおかつ9のまま残る」。9という数に何をかけても、出てくる数字の和は9になるという。

9×4=36 → 3+6=9     9×15=135 → 1+3+5=9
9×834=7506 → 7+5+0+6=18 → 1+8=9

 隠者は説く。私たちは、肉の器を持つ神の霊性のひとかけらであることを。内なる神性によって世界を照らしてゆく光となることを。
 カンテラの中の六芒星の灯りは、宇宙の霊的な火を象徴している。根源なる霊的な火の、ひとかけらの火花こそが、一人ひとりの魂のうちに燃えている。

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