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④俺もそこは馬鹿じゃないんでね。 比嘉大吾VS堤聖也。対戦まであと6日。




現況、海外に相手を求めるのは難しい。相手の名を聞くまで、比嘉は次戦の相手に国内バンタム級トップの幾人かを想定していた。堤聖也はその予測の中になかったから「おー、堤がきたか」と思ったが、驚きはなかった。


「俺がバンタムに上げて、可能性はあるなと思ってましたよ」


決定に何の異論もなかった。そもそもデビュー戦から17戦、比嘉は相手に関して、返事を待って貰ったり、希望を述べたことは一度もない。

「俺に選択権はないと思ってるし、強いのとやりたいとかやりたくないとかそういうこだわりも俺、ないんですよ。試合ができてファイトマネーが貰えれば」

日時と相手を告げられ、わかりましたと、用意された試合を戦い、フライ級時代、3年かからず世界を獲った。タイミングと相手の判断はジムに全任、でいいと思っている。

それでも「友達対決」は初めてだ。多少なりとも心理的に影響するところはあるのではないか。聞くと、比嘉は首をかしげ、こう答えた。


「沖縄の同級生だったらちょっと嫌だけど、堤、九州なんで」


九州なんで、の表現がおかしくてちょっと笑った。

感性の人と言ったらいいのか、比嘉の表現や例え方はとても感覚的で独特なのだ。時折理解するのに時間が必要な時もあるのだが、言いたいことがわかったときは、その言葉以上に豊かなニュアンスが伝わってくる不思議さがある。
 九州なんで、からは、言わんとする「距離感」が伝わってきた。堤とは友達だけれど試合をする上でなんら支障はない、ということでいいのか。確認すると、頷いた。


むしろ今回銘打たれた「親友対決」という響きが持つ、感傷的なニュアンスに、当の比嘉はやや違和感を覚えているようだった。

発表になってから、血相を変えて、友達と試合だなんて大丈夫なのか、辛いんじゃないかと案じ、連絡をくれた人たちがいる。自分を思ってくれる気持ちは有り難い。だが、心配されるようなことは何もないんだけどな、とそのたび思う。

「それは堤も同じだと思いますよ」

よく考えれば、戦えないような間柄であれば、俺たちが試合したら盛り上がるよな、という会話自体しないだろう。そしてそこには二人の性分も多分に関係している。そういうことか。聞いて腑に落ちた。


だが、やはり二人は近しい、と思ったのは、

「堤、めっちゃ性格がいいヤツなんですよ」

と語り出した比嘉の口調と、その「いいヤツ」に関する分析を聞いたときだ。



俺ね、目に浮かびますよ。俺との試合が決まってからのあいつの状態が。
年中無休で動いてるんじゃないですか。ジムでも集中しまくって、気合い入れまくって、めっちゃ動いて、それ以外の時間も休みの日もめーーーーっちゃ!動いてると思います。で、めっちゃ研究して、考えまくってます、俺のこと。絶対そうです。あいつの性格知ってますもん。


めっちゃ!のただならぬ使用頻度に、堤が凄まじい形相でミットを打つ姿や追い込みをかけ胃液を吐く姿まで浮かんでくる。




そこでアマチュア時代の対戦について話をした。
「2敗の原因ですか。ただの俺の実力負け。全部で負けましたよ」

こともなげに言った比嘉は、口調そのままに続けた。

「なんか二度あることは三度ある、って堤、言ったらしいですけど、7年前とは何もかも違うこと、あいつもわかってるはずですよ。頭いいやつだから」

本当はその2敗による苦手意識、について聞こうと思っていた。だがやめた。不要だと思った。



試合が決まった日から、堤と連絡はとっていない。

「俺、そういうの嫌なんで」

「仲良く、うえーい!とかやってる二人の試合なんて、観たいと思います?」

比嘉は強さや立場や矜持を誇示する人間ではない。むしろしなさすぎ、と思えるほど腰が低く、茶目っ気たっぷりで、こうした取材でも戦意だとか闘志というものを見せない。対戦相手を挑発したり、おとしめたりはもちろん、強い言葉で気合いを表現することも、ない。

その比嘉の、ボクサー、の顔が垣間見えた瞬間があった。

「元世界チャンピオンの俺に勝てば、世界ランクも評価も人気も全部手に入る。堤のモチベーションは半端ないはずですよ。全部俺から奪うつもりで来るでしょうね」

そう改めて言ったあとだった。一言、こう続けた。




「でも、俺もそこは馬鹿じゃないんで、ね」


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