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東大を出たけれど09「表層と本質」
最近よく来るセット客がいる。
もともと4卓しかない小さな店なので、固定のセットが居ついてくれればそれだけで雀荘らしい賑やかさを醸し出してくれる。
特筆すべきはそのレートで、1000点300円のウマが10000円‐20000円、前出し3000円と結構高い。大体10万から20万の金額が数回で動くのだが、いったいどんな素性の人々がこんな麻雀を毎日打っているのだろうか。
小耳に挟んだところでは、そ
東大を出たけれど10「医者とパチプロ」
「田山幸憲って知ってる?」
待ち席のパチンコ雑誌を手に取って、ふいに聞いてきたのは近くの東大病院の医者である。
「ええ。結構好きですよ」
田山氏は当時有名なパチプロで、雑誌に連載していた彼の日記のファンも多く、その渇いた語り口と無頼な生き方に、私自身も漠然とした憧憬を持っていた。
東大在学中にパチンコに出会い、自主退学の後に生涯をパチプロとして歩んだという彼は、自分の稼業の不毛さを十分認
東大を出たけれど11「キャリア」
店でレジ番中、ポケットの携帯に着信があった。見知らぬ番号。
訝しがって放っておくと、留守電にメッセージを入れているのが聞こえる。
「もしもし、お久しぶりです。会社の同期の前澤ですけど。また電話します」
何年か前に辞めた会社の同僚らしい。何の用か気にはなったが、敢えて折り返し掛けようとは思わなかった。
特に話したいことなどこちらにはないし、第一顔も覚えていないのだ。
大学や会社の同期の連中
東大を出たけれど12「客商売」
その若いメンバーは、ある客に毛嫌いされていた。理由は、「暗い」とか「愛想がない」とか些細なものである。その客というのが、堅気ではない、その筋の御仁だった。
彼自身はいたって真面目で、特に問題のある人間ではない。しかし、筋者というのは総じて我侭で、気に食わないと思う相手には徹底的にそういう態度をとる。
理不尽な扱いに彼も業を煮やしたのか、ある日意を決して待ち席の御仁に話しかけた。
「僕のど
東大を出たけれど13「ヤマさん」
「これ何切りますか?」
会社員のヤマさんは、牌を並べてよくこういう質問をしてきた。
歳は私より少し上だが、まだ麻雀を覚えて二、三年だという。負けてもいい、今麻雀が面白くて仕方ない、といつも私に話していた。
一一一一二三四七八八九 中中中(ポン)
「昨日こんな手でね。うまくなりたいですから、教えて下さいよ」
東大を出たけれど14「駆け引き」
繁華街から一歩離れた通りを、いつものように店に向かって独り歩いていた。暗がりで初めは分からなかったが、元同僚のメンバーと偶然すれ違う。傍らには若い女性がいた。
以前彼が、移った店で好きな娘ができたと言っていたのをふと思い出した。彼と目が合ったが、軽く声だけ交わして立ち去る。いらぬ詮索も無粋だろう。
店に着いて、先刻のよそよそしさをメールで謝罪した。うまくいって良かったな、とも。
ところが帰
東大を出たけれど15「字牌単騎」
今更、といった感はあるが、待ちを広くしてツモ和了ることは、もはや現代麻雀の基本として広く認識されている。
ただ、こういう現代のゲーム性への移行以前に、河に迷彩を施したり、思いがけない待ちで出和了りを拾ったりするのが流行ったのは、人間が本来持つ性質に因るところが大きいのだと思う。
釣れる待ちで相手から点棒をもぎ取る、そこにある種の優越感や征服感を満足させる側面が、人間には確かにある。
その夜
東大を出たけれど16「他所のメンバー」
知り合いの働いている雀荘が渋谷にあり、ふと赴いた。休日にわざわざ打つ必要もないのだが、他の店の雰囲気に触れるのもたまにはいいだろう。特に他にやりたいこともない。
知り合いは生憎その日休みだったが、店は平日の昼間にしてはまずまずの盛況ぶりで、やや高めのレートの東風戦にしては若い客も多い。壁に「メンバーの打牌制限は一切ありません」と注意書きが貼ってあり、苦笑した。この断りを納得してくれる客が、うち
東大を出たけれど17「若者」
その日訪れたのは20代の大学を出たての青年だった。あちこちで打っているという彼は、なるほど手馴れた感じで小気味よく牌を捌く。
あるときのオーラス、私はラス親で、下家に座るトップの青年とは5000点差ほど。
三四赤五①①③⑤34赤555北
東大を出たけれど18「親方と福地誠」
その夜親方の差し馬相手となったのは、麻雀雑誌編集の福地という客だった。
親方、というのは本郷界隈の寿司屋の大将である。差し馬好きで、ヒラではまず打たない。麻雀の方は暴走機関車さながらで、どんな状況でも全ツッパを貫き通す。回る、とか降りる、とかそういう概念が身についていない。親方が店で打つと聞けば、方々から下卑た思惑の客が集まったものだった。同卓を果たした福地もほくそ笑んでいただろう。
東大を出たけれど19「喚く二人」
お互い虫が好かなかったのだろう。同卓した二人の雰囲気は初めから険悪なものだったようだ。
片方は還暦のタクシー運転手、もう一方は中年のバッタ屋である。
相手構わず喋りながら牌を叩きまくる二人は、悪い点で似ているといえば似ていたのかもしれない。
それぞれが相手の和了りに対し、苦々しい表情を隠そうともせず点棒を投げる様は、それから起きる事を十分に予期させていた。
親が運転手、南家はバッタ屋であ
東大を出たけれど20「疲弊の向こう」
最近退屈な夜が続く。客がいないために深夜に店を閉めることも多く、その夜も独り新宿のフリーに出向いて時間を潰していた。昼過ぎに近代麻雀の打ち合わせがあったのだが、帰るのも億劫だったので結局それまで打ち続ける。
夕方打ち合わせを終えて自宅に戻り、わずかに睡眠をとってからいつものように夜番に出る。
疲弊していたが、どうせまた早く割れるだろうと憶測していた。それから店で、ゆっくりすればいい。
とこ
東大を出たけれど21「金ちゃん」
飯田橋のラーメン屋に勤めていた小柄な中年の男。金田という気のいいその客を、皆は金ちゃん金ちゃん、と親しみを込めて呼んでいた。
ある日ラーメン屋の店主と揉めて店を飛び出し、いつも入り浸っていたうちの雀荘で働く事になった。四十男が容易く他所で再就職できるわけもなく、他に行き場がなかったのだろう。学生バイトだった我々に混ざって、尺寸の時給で細々と口に糊することを金ちゃんは選んだ。
東大を出たけれど22「マナー」
喫茶店で携帯電話を使って話していた。通話を終えると、中年の女性客が近付いてくる。
「こういう場所で携帯使わないでくれる?私、ペースメーカー入れてるから苦しくて」
胸を押さえながら苦悶の表情で訴えかけるその客に、ああすいません、とだけ言って携帯を置いた。
携帯電話がペースメーカーに影響を及ぼさない“安全距離”は22センチと定められている。当然わざわざ歩いて文句を言いに来るような距離にいた相手に