見出し画像

【あの町からの宅配便】vol.2 思い出が届く/京都

実家という場所は不思議。その家族の生きてきた軌跡が、まるごと棄てられることなく保管されている。まるで、家族単位の博物館みたいに。

京都出身の絵描き・矢原由布子さんが受け取っていたのは、その博物館の収蔵品。記憶のなかにある品物を見せてもらった。

画像9

京都から宅配便が届くようになったのは、上京してすぐのこと。トランクひとつで東京に出てきた矢原さんの、生活品を送ってもらったのがはじまりだった。

「そのときにちょこっと食べものが入っていたりはしましたけど、頻繁に送られてくるようになったのは、やっぱり子どもを産んでからかな。でもすごいざっくりした母だから、段ボールのなかで煮物のつゆがこぼれてたり、夏なのにクールで送ってこないからせっかくの料理が傷んでいたりして」

画像3

冬になると必ず届くのは、矢原さんの好物である五目煮。細かく刻んだ根菜や豆はコトコトと丁寧に炊かれ、しっかり味が染みている。昆布や山椒と煮干しを炊いた佃煮もお母さんの得意料理で、毎年楽しみにしているという。年に何度かは地元の田んぼで育ったお米も届き、離れていても京都が少しずつ食卓を彩ってくれるそうだ。

画像3

矢原さんからリクエストして、実家で眠ったままになっている絵本やおもちゃを送ってもらうこともある。さとうわきこ、かこさとし、お母さんが好きないわさきちひろ。手に取るだけで懐かしさが蘇ってくる品物は、お母さんの方から「もうそろそろこれが読めるんじゃない?」と送ってくることもあるという。しばらく見ていない懐かしい挿し絵から、今でも書店の棚のいい場所に置かれているものまで、さまざまだ。

画像5

画像13

画像4百人一首を送ってと言ったら、カルタやトランプもたくさん届いた。遊んだ記憶がそれぞれに詰まっている

荷物に毎回添えられる手作りのカードも、保育士であるお母さんならでは。そういえば子どもだったころは園の壁がこういう工作で溢れていた、とふと思い出す。ノスタルジックな気持ちになってしまう風景だ。

画像6

お母さんの勤め先で譲ってもらった絵本も実家にたくさんあり、その中から季節や娘さんの年齢に合ったものが不意に届くのも、また嬉しい贈り物になる。

画像8段ボールの板に毛糸をかけてする編み物の本。帰省したとき、お母さんが編み方を教えてくれた
画像9「これはお母さんが刺繍してくれたバッグ。前に帰省したときに子どもが描いた絵をとっておいてくれたらしく、刺して送ってくれました」

見せていただくうち少しずつ、矢原さんが絵描きとして育つまでにたくさんの美術品に触れてきたことが垣間見えてくる。

画像14

画像15絵を描く仕事と併行して、消しゴムを彫ってハンコづくりをしている矢原さん。繊細な絵をていねいに掘っていく

実は矢原さんのお父さんは、着物に手刺繍を施す職人。73歳になった今も現役で針を刺している。もとはおじいちゃんやおばあちゃんが担い、一時期は保育士の仕事を辞めてお母さんも手伝っていたという。
矢原さんも刺繍を刺すのか聞くと、「全然ダメなんですよ」と笑った。手先は器用なのに手芸の方には気がいかなかったそう。

でも矢原さんの絵に、刺繍糸や染め物の色鮮やかさや階調を感じることがある。彼女の描く細かい線画は糸のようで、その色づかいにも心を奪われる。

画像10お父さんが刺繍してくれた紫陽花。紫陽花は矢原さんの好きな花だ。結婚のときのお祝いに刺してくれ、結婚式のウェルカムボードとして飾った

さて、今回届いた荷物の中でいちばん幅をとっていたのは花火だった。毎年夏休みになると家族みんなでキャンプに行って花火をするのが恒例だそうだが、今年は残念ながら雨が降ってしまったらしい。それから娘さんが好きなお菓子。別にこれ京都のものじゃないんですよ、と矢原さんは言うけれど、こうして届くとやっぱり特別な贈り物に感じる。

画像11パッケージがかわいいお菓子はお母さんのお見立て。包みはハンカチになっている

画像12

画像13

段ボール箱じゃない箱に入っていた実家からの宅配便。わたしが驚くと、「なんの箱でしょうねえ」と、くすくす矢原さんが笑った。恐竜の絵が描かれた箱には、懐かしい思い出と矢原さんの軌跡がいっぱい詰まっていた。


interviewee=矢原由布子さん
photographer=久保田仁 writer=吉川愛歩
当サイトのテキスト・画像の無断転載・複製を固く禁じます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?