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古代史学芸員のススメ

この記事では、文献史学の日本古代史(以下、古代史)専攻の学芸員が、地域博物館・資料館で採用された際に、古代史研究者としてどのように活躍できるのか、自身にとってどのような成長の機会があるのかについて、筆者の体験をもとにご紹介します。

筆者は、北関東の某県某市の資料館で5年間、学芸員をしていました。その5年間で、古代史以外の業務もたくさん担当しましたが、古代史関係の業務にも携わることができました。
そして、それらの古代史関係の業務を通じて、地域貢献・社会貢献ができ、筆者自身の研究にもプラスになることが多々ありました。
それらの経験から、今では古代史専攻の学芸員がもっと増えた方が地域の歴史文化のためには良いのではないか、と考えています。
以下、筆者の経験をとおして、古代史専攻学芸員が地域社会に貢献できる事例をあげます。

1 出土文字資料等の釈読

筆者が某県某市に採用された時、県全体で古代史専攻の専門職が筆者だけ、という状況でした。
長らく県庁で古代史研究を担ってこられた方が退職され、入れ替わりのように筆者が某市に採用されたようです。
そのためか、某県内や近隣県で出土した文字資料の釈読依頼や相談が、赴任3〜4年目くらいから筆者のところに舞い込んでくるようになりました。
当然、埋蔵文化財センター等の考古学者も出土文字資料の釈読は行っていましたが、文字量が多く、釈読に文献史学的背景が必要な資料の場合は、筆者に釈読依頼が来るようになったのです。

このように、考古学専攻の方だけではやや扱いに困るような資料があり、そうした時に古代史の学芸員が地域内にいると、古代史の知見を活かして社会貢献することができるのです。
また、この依頼を通じて筆者も論文を執筆できたため、自身の研究活動にとってもプラスになりました。

ただし、出土文字資料の釈読依頼は、自身が古代史研究者として地域内である程度認められることが必要だと思います。
周囲の信頼があってはじめて依頼が来るものですから、まずは学芸員として、研究者としての実力と実績をつけなければなりません。

2 文献史学の視点からの地域史の再検討

近年、自治体史を新たに編み直している地域も少なくありません。
しかし、自治体史が数十年前に編纂されてから更新されていないような地域では、最新の古代史研究の知見が地域史研究に反映されていないことも多々あります。

そのため、筆者はできる限り最新の古代史研究の知見を自館での展示会に反映させたり、地域史研究者との交流の中で情報提供したり、講演会で情報発信を行ったりしてきました。
また、考古学の方たちとの交流を通じて、筆者自身も古代史研究の手法を見直すことができ、有益でした。

もちろん、自治体史を新たに編むのだ、という自治体の場合は、自治体史編纂に関わることで古代史専攻学芸員としての存在感を示すことができるでしょう。

3 古代史の魅力を地域の人と考える

古代史の専門家があまり多くない地域に行くと、考古学ばかりが重視されていて文献史学の古代史が市民から注目されていない、その魅力が理解されていないことがあります。
本来、文献史学と考古学が両輪となって歴史を究明していくものだと思いますが、文献史学の専門家が少ないと、地域の歴史を考える時に文献史学的な視点が抜け落ちてしまいかねないようです。

そのため、筆者は古代をテーマにした展示会では、文献史学の手法と考古学の手法の両方を取り入れていたつもりです。
また、地域の古代に関わる文献資料を講読する会も開き、古代史の魅力を地域の人と一緒に考える機会も作っていました。
そうした取り組みの中で一番嬉しかったことは、筆者の展示会を見た中学生が、展示室に置いていた『感想ノート』に「自分も大人になったら○○(古代史資料)の研究をしたい」と書いていてくれたことです。
その中学生が実際に大人になった時に歴史学研究をしているかはわかりませんが、“中学生の時に歴史に感動した経験をもった大人”になってくれたとしたら、おそらくそれが筆者の学芸員としての一番の功績になるのだと思います。

なお、筆者が退職する前後に、筆者が精魂込めて関わってきた古代史資料(中学生が感動した「○○」です)に関する地域おこし的な会が発足しました。
これを「私のおかげだ!!」とはもちろん言えませんが、もし少しでもその呼び水になれたのだとしたら、とても嬉しいことです。

4 まとめ

以上、筆者が5年間という短期間でしたが、古代史の学芸員として地域資料館で勤めていた際に、地域社会に貢献できたかも?と思っている事例をご紹介しました。
古代の文献にあまり記述がない地域であっても、上述のように古代史専攻の学芸員が貢献できる機会はあります。
こうした経験から筆者は、古代の文献資料が多くない県でも、少なくとも県に1〜2名は古代史専攻の学芸員が採用されるべきだと思います。
また、古代史の研究者の側も、その知見を活かして学芸員として地域で活躍することをもっと目指して良いのだ思います。

付、自身のプラスになること

上記でも、地域社会に貢献するだけでなく自身の利益になることがあると書いてきましたが、その他の学芸員としての業務全般を通じてプラスになったことをご紹介します。

筆者が勤務したのは小規模な地域資料館だったため、当然ながら古代史以外の分野の業務や“雑芸員”的な業務の方が沢山ありました。
筆者が担当した古代史以外の分野の業務としては、縄文・近世・近現代・民俗・魚類・植物に関わる史資料の収集保管・調査研究・展示・教育普及があります。
また、筆者の所属は文化財係だったため、埋蔵文化財や自然系文化財の保護関係の業務や埋蔵文化財分布調査にも携わることがありました。

さらに、“雑芸員”的業務としては、館の運営に関わる事務があげられます。2つの資料館の運営を、筆者と先輩学芸員で全て担っていました。
消耗品や備品の購入・光熱水費の支払い・館長や臨時職員の給料の支払い・本庁からふりかかってくる様々な事務処理・電球の交換・ヘビ退治・ドブさらい・雪かき・古墳の掃除と草刈り…等、さまざまな事務・雑務を担当しました。
就業時間のほとんどを占めていたのがこうした雑務だったように思います。

しかし、これらの業務も、自身の世界を広げることに役立ちました。
特に行政関係事務を経験できたことは、古代史の研究者としてはとても良かったと思っています。
古代史料のほとんどは行政関係史料であり、現代の行政がどのような手続きで事務を処理しているのかを体験できたことは、古代の行政機構を考える上で非常に参考になったためです。
「役所とは、こんなにも重層的に似たような書類を作成し続けるものなのか。そうか、それであの古代の帳簿は…」と、それまで理屈では理解しにくかったことが、実感を伴って理解できたこともあります。
任期付でなければ、税務課等への異動希望も出していたかもしれません。

このように、古代史の研究者が学芸員になることで、社会貢献ができるだけでなく、自身の研究にもプラスになることが少なくないように思います。
学芸員を目指している、または、なってみても良いかな?と思っている古代史専攻の学部生・院生の方に、少しでも参考になれば幸いです。

#学芸員 #博物館 #地域史 #日本古代史 #古代史

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