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たとえばこんなとき、夫を好きだと思う

「旦那さんのどこを好きになったの?」

そう尋ねられるたび、大真面目に考え、そもそも好きになった瞬間がないことに思い至る。

だから正直に「好きになったことがない」と答えるが、相手は「またまたぁ」「ご冗談を」というリアクションをする。すかしてるわけではなく、その答えがもっとも私の心情に近いのに。

私は夫のことを、相手が想定している意味(恋愛的な、性的な意味)で好きになったことがない。ただ、愛してはいる。今まで出会ったすべての生き物のなかで、夫がいちばん大切だなぁと思う。

なのでたまに、「すべての生き物のなかでKさんがいちばん好きだよ」と言う。だいたいはキッチンで、コーヒーを淹れる夫に。

夫は、「生き物」とそこだけオウム返しにして、小さく笑う。

その温度のちょうどよさ。

夫を好きな理由をあえてひとつだけ挙げるなら、この「リアクションのちょうどよさ」だと思う。

こんなことがあった。

夜、布団の中で眠りが訪れるのを待っていると、となりにいる夫が、

「スパイの話なんだけどね」

と話し始めた。

「うん?」

「フランスの秘密を管理する人が、中国に赴任してて。で、中国人の女性が近づいてきて恋に落ちて、結婚して」

どこの男女の話だろう。知り合いの話ではなさそうだ。夫の話は唐突で、脈絡がない。

「いろいろあって、妻を守るために中国側に情報を渡し続けるんだよね。で、情報漏洩の罪でフランスに逮捕されるんだけど」

「ふむ」

「その中国人の妻がね、男だったんだって」

「なに!?」

急展開だ。

「男性のスパイだったんだって。18年間もね、騙されてたんだって」

「本当にあった話?」

「うん。ネットで見た」

すごい。漫画のような話だ。

ふと思いつき、「私もねぇ、スパイなんだよ」と言ってみた。

「Kさんは知らないだろうけどさ、組織がね、Kさんの脳にマイクロチップを埋め込んだんだ。だから私がKさんと結婚して、様子を組織に伝えてる」

我ながらスラスラと嘘の設定が出た。

すると、夫は薄く笑いながら

「人間が見張らなくてもいいように、マイクロチップを埋め込むんだよ」

と言った。いつもの穏やかな口調で、ゆっくりと。

100点満点の返しだ、と思う。

ツッコミとして的を得ているし、高くも低くもないテンションが心地いい。

こういうとき、「あぁ、やっぱりこの人じゃなきゃダメだなぁ」と思う。

この人の、こういう返しをしてくれるところ。こんなに、私にしっくりくる人はいない。


お笑いコンビの片方がテレビに出演していて、他の出演者がボケを拾いきれていないときがある。

あぁ、やっぱり相方じゃないと、彼を活かしきれないんだな。

そんなふうに思う。相方本人も、テレビの前で「俺ならもっと拾ってツッコむのに」と思っているかもしれない。

だけど、どんなコンビもきっと、最初からボケとツッコミの息がぴったりだったわけじゃないだろう。たくさんの時間をともに過ごし、何度もネタをするうちに、呼吸が合っていったのではないか。

私と夫も同じようなものだ。もともとの相性もあるにせよ、コミュニケーションを重ねるうちに少しずつ、関係ができていった。最初からしっくりくる相手なんてそうそういなくて、自分たちで時間をかけて、しっくりくる関係を築くのだと思う。

今日は結婚記念日。

これから私たち夫婦がどう変化していくのか、他人事のように面白がっている。


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