出会わずに恋愛したい

「知らない人と出会うのめんどくさいんだよね。もう疲れた。出会わないで彼氏ほしい」

数年前、友人のトモヨが言った。私が結婚する前だから、少なくとも29歳よりは前のことだ。

私たちは札幌の隣町にある某アウトレットモールのフードコートで、「道内ではここでしか食べられない何か」を食べていた。何だったかは思い出せない。

◇◇◇

トモヨは人見知りだ。合コンも街コンも友達の紹介も、とにかく「他人と出会う」ことが苦痛になってきたという。

「じゃあ、すでに出会ってる人と付き合うしかないんじゃない」と私。

「すでに出会ってる男がいないんだよ。会社は年配の人ばっかりだし」

「誰か紹介しようか?」

「だから、他人と出会いたくないんだって。でも彼氏はほしい」

「トモヨってむちゃくちゃなこと言うよね」

私はこういうむちゃくちゃな話が好きだ。私たちはしばらくの間、出会わずに恋愛する方法を真剣に考えてみた。

「ネットで出会って顔合わさないまま付き合うのは?」

「文章のやりとりも疲れる。これ書いたら引かれるかな、とか気ぃ遣うもん」

「仲介屋を介して日本国籍ほしい外国人に婚姻届だけ渡すのは?」

「待って、それ彼氏じゃない」

「日本が管理国家になって最適な相手を政府が決める漫画あるよね」

「あ、それいいかも」

「でも、交際初日は出会うよね」

「だね。っていうか、それなら友達の紹介でいいんだよね。紹介者が友達か政府かの違いだもんね」

会話が不毛すぎる。しばらく考えたけど、やっぱり出会わずに恋愛する方法は見つけられなかった。

◇◇◇

出会わずに恋愛したい。

それは、普通に考えれば無理な話だ。多くの人は「何言ってんの」「無理に決まってんじゃん」といった一言でこの話を一蹴しそう。

同じように「無理に決まってんじゃん」で片付けられる話のバリエーションとして「一切の苦労も努力もせずに、王子様みたいな人と恋に落ちたい」がある。

これは、私とトモヨの共通の友人・メグミの発言だ。数年前の発言だが、このときすでにアラサーだった。

メグミのこの発言に対し、トモヨは秒で

「バカかよ、現実見なよ」と言い切ったので、私もメグミも秒で

「お前が言うな」と返すしかなかった(みんな口が悪いだけで険悪ではありません)。

メグミの言う「王子様みたいな人」というのは、別に「王子様っぽい雰囲気の人」という意味ではない。いわゆるハイスペック男子を指しているらしい。

つまり、彼女の願望を言い換えるなら「一切の努力をせずともハイスペック男子が私にベタ惚れ」ということになる。

合コンや街コンやマッチングアプリで相手を探す努力をしなくても偶然(運命)の出会いがあり、彼に好かれる努力をしなくても恋が実る。もちろん、ダイエットも、服装を彼の好みに合わせることもしなくていい。だって、彼はありのままの私が大好きだから——という状態だ。

……いいねぇ。うん。まさに理想だと思う。

しかし、これを女友達の前で言うと「無理に決まってんじゃん!」と一蹴されてしまう(私もついしてしまう)。

だけど、「無理なことを望んではいけない」という決まりはない。

私だって、一枚だけ買った宝くじが当たることを願うし、荷物を持ってあげたおばあさんが大富豪でお礼に一億円くれることを願う。

無茶な願いを抱くのは個人の自由で、それを誰かが咎めるのはおかしな話だろう。

◇◇◇

トモヨは出会わずに恋愛することに未だ成功せず、メグミの前には王子様が現れない。私は一億円を手にしていない。

三人とも「そりゃあそうだよね」と思っている。

他人に指摘されるまでもなく、無茶を言っている自覚はあるのだ。



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