貯金が尽きた!~ポンコツ夫婦のフリーランス奮闘記
そのメールを見たとき、「ついにこの日が来たか」と思った。
意外と冷静だった。
午前10時。朝まで仕事をしていたイラストレーターの夫はまだ眠っている。私が布団のそばに行くと、目を覚ました。
「クレジットカードの引き落としができなかった。私の原稿料下ろしてそっちの口座に入れてくる」
おはようも言わずにそう告げると、私はコートを着て銀行に向かった。
◇
私たち夫婦が前職を辞めて、ちょうど1年。
1年前、「この貯金がなくなるまでは、お互い夢を叶えることに専念しよう」と誓い、私はライターを、夫はイラストレーターを目指した。
私は求人サイトの「ライター募集」に応募し、文字単価0.5円の無記名記事を書きはじめた。だけど、書くのが遅くて月に3万円くらいしか稼げない。内容も、SEOをバリバリに意識したアフィリエイト記事やキュレーション記事。
私がやりたかったのってこんなことなの……?
あまりの稼げなさ、やりがいのなさに落ち込んだ。
一方、夫はというと、知人に頼まれたイラストやデザインの仕事に取り組んでいた。けれど、2万円の案件に1ヶ月かけるスローペースぶり。一生懸命だけど、要領が悪いのだ。
私たちは似た者夫婦だ。ふたりとも情報弱者で、どうやって仕事をとるのかわからない。せっかく仕事がもらえても、要領が悪くて時間がかかる。
よく、「夫婦はどちらかがしっかりしていればなんとかなる」と聞く。
だけど、私たちはふたりとも、圧倒的にお金を稼ぐ才能がないのだった。
◇
世帯月収5万円の日々が3ヶ月ほど続き、私に異変が現れた。
文章を書いていると、突然頭がフリーズして書けなくなってしまう。スーパーで買い物をしていても、何を買ったらいいのかわからなくなってフリーズ。料理をしていても、手順がわからなくなってフリーズ。
私、どうしちゃったんだろう……。
手から砂がこぼれるように、できることが少しずつ減っていく。最初に家事が、その次に仕事ができなくなり、しばらくすると家から出ることも困難になった。
この頃から、私はお金恐怖症になった。
口座の残高を知るのが怖い。通帳を見ることも、ATMでお金を下ろすことも、買い物でお金を使うことも怖い。怖くて怖くて、動悸と呼吸困難が起こる。自然と、家計管理は夫の担当になった。
そんな毎日の中で、ひとつだけ頑張って続けたことがある。
それは、noteの毎日更新だ。
どんなにフリーズしても、時間がかかっても、noteだけは書き続けた。その甲斐あって、PVとフォロワーは日に日に増えていく。noteと連動させているTwitterでも、友達ができた。
いよいよ日常生活が困難になった4月、私は療養のために実家に帰った。
病院に行くと、「初期のうつ病」と診断された。フリーズしてしまうのは、うつの症状による仮性認知症だそうだ。
◇
転機が訪れたのは6月。実家で療養していたときのことだ。
毎日更新を続けていたnoteがある編集者さんの目に留まり、webメディアでエッセイを連載させてもらうことになった。
初めての記名記事、初めてのエッセイ、初めての連載!
張り切る私とは裏腹に、その頃の夫は無職だった。
夫はSNSもクラウドソーシングもやらない。ポートフォリオを作って出版社に営業をかけることも、ネットで「イラストレーター募集」と検索することすらしない。
「ホームページができたら営業する」と言い、そのホームページ作りに何ヶ月もかけていたのだ。
note経由で仕事が来た私は、夫にSNSの重要性を説いた。
「今すぐnoteとTwitterのアカウントを作って、今まで描いた絵をガンガン載せて、世の中にアピールしまくりな!」
だけど、夫はなかなか実行に移さない。私は北海道の実家にいて、夫は東京の自宅にいる。毎日LINEの無料通話で発破をかけて、ようやくnoteとTwitterのアカウントを作らせることに成功した。
その数日後、私はcakesクリエイターコンテスト入選の報せを受けた。
そして、東京の自宅に帰ることになった。
◇
その後、私は1ヶ月に1媒体ペースで仕事が増え、単発の仕事もいただけるようになった。1記事あたりの原稿料もだんだん上がり、9月には初めて1記事1万円以上の案件をいただけた。
そして、先月はついに、月の売上が10万円に達した。
要領よく稼げているライターさんにとっては、「えっ、ライター始めて10ヶ月で!? 遅すぎない!?」と思われるかもしれない。けれど、これが私のペースなのだ。
順調に収入が増えても、私のお金恐怖症は依然として改善されていない。
相変わらず、私は口座の残高を知ることができなかった。「今日こそは通帳を見るぞ!」と思うのだけど、そのたびに動悸と呼吸困難が起こるのだ。
また、夫と今後のお金のことについて話し合うこともできなかった。
お金のことを考えると、不安で不安で心身の調子がおかしくなる。常に〆切に追われている身としては、心身の調子を崩している場合じゃないのだ。
お金の不安に苛まれるたび、現実から逃げるように執筆に没頭した。
仕事しているときが、一番心穏やかでいられた。
一方夫はというと、やっぱりSNSは続かなかった。相変わらず、営業もしていない。
じゃあ何をしているのかというと、一応仕事はしている。
cakesでの私の連載の挿絵や、私の読者の方からのご依頼、私がTwitterで見つけたイラストレーター募集に「うちの夫を使ってもらえませんか!?」とDMしてもぎ取った案件、などなど……。
すべて、私絡みの仕事だ。本人はまったく自発的に営業していない。
いや、営業をしないだけで、来た仕事はめちゃくちゃ真摯に取り組んでいる。
けれど、売上は……。
いったい、いつまでこの状態を続けるの? そもそも、本当にイラストの仕事をしたいの?
聞きたいけど聞けずにモヤモヤしていたとき、あのメールが来た。
「残高不足により、引き落としできませんでした」
◇
いざそのメールを見ると、私は案外冷静だった。
夫に言った。
「とりあえず、私の原稿料を引き落とし口座に入れるから。それで4ヶ月はライフライン大丈夫」
次に考えなければいけないのは家賃だ。我が家は、2月に家賃を1年分一括払いしている。
「家賃は、定額貯金を下ろして、足りない分はお互い10万ずつ補填しましょう。私も10万出すから、あなたもどっかから10万調達してきて」
「わかった」
今月と来月に振り込まれる原稿料をざっと計算する。
大丈夫、食い詰めることはない。
……私、いざとなると強いなぁ。
いつもはお金のことを考えるだけで動悸と呼吸困難に襲われるのに、貯金が尽きたことを知ると、案外大丈夫だった。
そういえば、祖母が急死したときも、愛犬を看取ったときも、私は案外冷静に動けた。
メンタルが弱いわりに、意外と土壇場に強いタイプなのかもしれない。
◇
今後も、私はライターとして生活していこうと思っている。
夫がイラストレーターを続けるのかはわからない。
付き合いのある編集者さんに「イラストの仕事あったらください!」とメールしたら、「ライターの仕事のほかに、旦那さんのマネジメントまでしてて大変ですね」という返信が来た。
それを見て、「あ、そっか。別に私がマネジメントしなくていいんだ」と気づいた。
夫がどこかからお金を稼いできて、私と同額を生活費の口座に入れるなら、それがイラストの仕事であってもそうじゃなくても、私はどっちでもいい。彼の自由だ。
ま、どうしてもイラストの仕事が欲しければ、自分で取ってくるでしょ。
彼を信じて任せることにした。
大丈夫。私たちはなんとかするし、なんとかできる。
なんともならなかったら……どうなると思う?
なんとかなっても、なんともならなくても。
私たち夫婦の顛末は、またエッセイに書こうと思う。
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