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ゲストハウスなんくる荘6 自由って淋しい

あらすじ:那覇にあるゲストハウス・なんくる荘にやってきた未夏子。「滞在は、一週間かもしれないし一年かもしれない」と話す彼女の生き方とは?

前回まではこちらから読めます。

リビングへ降りていくと、アキバさんがヒロキ君を相手に何やら熱く語っていた。

籐椅子に腰かけ、ハイライトに火をつける。聞くともなしに聞いていると、「ガンキャノン」「グフ」「ドム」「ゲルググ」など、わけのわからない言葉が次々とび出し、最終的に「ガンダリウム合金」という言葉が出てきたところでようやくガンダムの話だと気づく。

ヒロキ君もガンダムにはあまり興味がないらしく、ときおり助けを求めるようにあたしのほうを見る。どうやら火傷させられている最中のようだ。

アキバさんが語り終えて一息ついたところを見計らって、ヒロキ君が

「アキバさん、ガンダム以外は興味ないんですか? 俺あんまりアニメわかんないけど、萌え系のやつとか」

と話題を変えようとした。アキバさんは「野暮なこと聞くな」という顔をする。

「萌え系なんてヒトじゃん。ロボットの話がいいんだよ」

どきりとする。

その一言で「アキバさんは人間に興味がない」と解釈するのは安直だろうが、アキバさんが離婚していることを思い出し、一瞬だけそこに何か関連性を見出したような気分になったのだ。

そんなふうにアキバさんを「解釈」しようとしている自分が、ちょっと気持ち悪いと思う。何様だよ。

夜の海で、宮古島のおじいやおばあの話をしていたアキバさんを思い出す。

アキバさんって、なんだかんだ言ってすごく人間が好きだよな。

……と、またアキバさんを「解釈」しようとしている自分に気づき、舌打ちした。

七月になり、なんくる荘は繁忙期を迎えていた。といっても忙しいのはマナブさんだけで、あたしたちは相変わらず気ままな生活をしている。

そして、ついに今日から、みんなが心待ちにしていたクーラーの使用が解禁された。

しかし各客室のクーラーはどのような仕組みなのか、夜十時から朝の八時以外の時間は電源が入らないようになっている。そのくらい制限しないと一泊千円ではやっていけないという、マナブさんのぎりぎりの譲歩だ。

「いいねぇ、涼しいねぇ」
「素晴らしいね」

まどかちゃんと、快適な室温を保ってくれるクーラーを褒め称える。ふたりとも二段ベッドの上段を使っていて、L字型の角の部分に枕を置いているから顔が近くにある。

ゲストハウスでの暮らしに慣れてきたまどかちゃんは、六月の最後の週から一号室に移ってきた。

そして、カレー屋さんのバイトを始めた。「うまくできなくてみんなに迷惑かけてばっかり」と困ったように笑いながらも、毎日頑張っているようだ。

ヒロキ君はというと、やっぱり「何もしない」のは苦手らしく、沖縄の歌舞伎町、松山でキャバクラの呼び込みのバイトを始めた。

その仕事はあまりにもヒロキ君に似合わない気がしたが、「今まで自分がいたところと全然違う世界に飛び込んでみよう思って」の選択らしい。自分がやりたい仕事をやればいいのにと思うが、あたしには関係ないことだから言わない。

ヒロキ君は夕方から朝まで、週に六日働いている。なんくる荘の住人の中で一番労働時間が多い。まどかちゃんは「自分を変えようとしても結局ワーカホリックは直ってないじゃない」と厳しいことを言い、ヒロキ君を悩ませていた。

「今読んでるのはどんな話?」

まどかちゃんはいつも小説を読んでいる。

「自由であることに縛られて不自由になっちゃってる人の話」
「難しい」
「難しくないよ」

白い天井に小さな点が見えると思ったら、動いた。羽虫のようだ。

まどかちゃんが目を閉じる。あたしが「おやすみ」と言うと、彼女は目を閉じたまま「自由だね」と言った。

「自由だね。あたしもミカコちゃんも」
「そう?」

自由、なのだろうか。たしかに不自由だと思ったことはないけど、自由を実感したこともない。これ以外の生き方を、あたしは知らない。

「自由って楽しいけど、ちょっと淋しいね」

そう言って、まどかちゃんはあたしに背を向けた。あたしはベッドのカーテンを引く。ベッドと天井、壁とカーテンに囲まれた直方体の空間はカプセルホテルのようだ。

目を閉じる。

あたしはいつもやりたいことがあって、行き当たりばったり、そのときの気分でやってきた。だから「やりたいことがわからずに悩む若者が増えている」みたいな話を聞いても、ピンとこない。

けれど、もしかしたらそれは、あたしのような人間のことを言うのかもしれない。

どうしても欲しい暮らしなんて、あたしにはない。そのときどきで行きたい場所に行けて、酒と音楽があれば十分だ。刹那的だと言われるし、「やりたいことがわからない若者」なのかもしれない。

それでも、あたしは悩んでいないし、困っていない。

地元にいた10代の頃、幼なじみの恵理に「ミカコのその向上心のなさが腹立つ!」と言われた。

旅を始めてから少しだけ付き合った男には、「無欲がかっこいいって思ってんだろ」と言われた。「貪欲に足掻いてる奴をバカにしてんだろ」と。

そんなことない。あたしは本当にわからないのだ。

いったいこれ以上、自分の人生に何を望めばいいの?




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