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好きな作家

以前、noteで仲良くしているほしちかさんに「好きな作家について書いてください」とリクエストをいただいたので、書こうと思う。


好きな作家と聞いてまず思い浮かんだのは、長嶋有さんだ。

長嶋有さんといえば、有名なのは芥川賞を受賞した「もうスピードで母は」。私もこの作品で知った。

けれど、私が長嶋作品にハマったのはその後の「ジャージの二人」。

2003年の作品だ。

正直に言うと、私は2018年の今、35歳でこの作品に出会っていたら、「いいなぁ」とは思ってもそこまで熱烈にはハマらなかったと思う。2003年に二十歳で出会ったからこそ、ハマったのだ。

当時の長嶋作品は固有名詞が多く、過剰なほどに「その時代の空気」が盛り込まれている。だから、その時代を過ぎてから読むとやや古びる。

また、「どの時代にも共通する普遍的なテーマ」みたいなものが描かれない。

ご本人も、何かで「僕の小説にはモチーフはあるけどテーマはない」というようなことを書いていた。

それが、「メッセージ性」のおばけに取り憑かれていた当時の私には新鮮だった。

当時の私は、「小説にはメッセージ性かストーリー性のどちらかがないといけない」と思い込んでいた。あと、「普遍的であればあるほど素晴らしい」とも。

だけど、「ジャージの二人」は読者に訴えるメッセージがない。かと言って、大きなストーリー展開もない。

それなのに、圧倒的に「小説」だった。

この小説はただただ面白い。ジャンルとしては純文学なのだけど、声を出して笑ってしまうようなところがたびたびある。一方で、心に深く入り込んでくるようなシーンもある。

森の中でプリクラを捨ててしまうシーン、妻からの手紙、携帯の電源を入れたら表示される「HELLO」の文字。

これらの描写は、15年経っても記憶に残っている(ちなみに、本が実家にあるためこの文章は記憶で書いている)。

これらの描写がすごいのは決して泣けないことだ。

泣けないのに、ちゃんと心に深く染みこんできて、15年経っても印象に残っている。

これって、すごいことじゃないだろうか。

「ジャージの二人」で長嶋作品の良さに目覚めた私は、その後の「パラレル」で完全にファンになる。一番好きな作品を聞かれたら、「パラレル」と答えるかもしれない。

パラレルでも、クライマックスと呼べるちょっといいシーンがある。主人公の七郎と津田が団地の屋上で話すシーンだ。

だけどやっぱり、泣くほどエモくない。そこが、私はとても好きだ。

たぶん、長嶋さんはこのシーンをエモく書くこともできるのではないだろうか?

だけど、注意深くエモみを排除する。「そんなにわかりやすく泣かせてやるもんか!」といった依怙地さを感じる。

その気配は、ほかの作品からも漂ってくる。


たとえば「泣かない女はいない」では、主人公の睦美さんが同じ会社の樋川さんに恋をする話だけど、彼女の心理描写には一度も「好き」という言葉が使われない。

睦美さんが同棲している恋人に「好きな人ができた」と話す場面でようやく、彼女の感情が言語化される。

鈍感な読者なら「えー! 睦美さん、樋川さんのことが好きだったの!?」となってしまう。読者は、睦美さんがやたらと樋川さんを見ている(描写している)ことで彼女の想いを察するしかないのだ。

当然ながら、睦美さんの心理描写として書けばよっぽどわかりやすい。

だけど、あえてそうしない。わかりやすい切なさを提供してくれないのだ。

正直に言うと、これを初めて読んだときは物足りなかった。「せっかく恋愛小説を読むならもっとときめいたり泣いたりしたい!」と思った。

だけど何度も読むうちに、睦美さんに共感するようになった。

彼女は、心の中ですら樋川さんへの想いを言語化しない。

私だってそうだ。恋愛していても、心の中で「彼が好き!」とか言わない。好きは好きだし、自覚はあっても、いちいち言語化して思わない。

そういった点でこの小説はものすごくリアルで、心に染みこんでくるというより、気づいたら心に重なり合っている。

「わかりやすさやエモみをストイックに排除する姿勢」は、言ってしまえば、「自意識過剰でめんどくさい人が書いた感じ」とも言える。

それは、登場人物の性格からもうかがえる。

「ねたあとに」のコモローは、食器洗いに石鹸を使っている。汚れ落ちに不満がないからだ。だけど、そのことを「エコだね」と言われて、わざわざ界面活性剤入りの洗剤を買ってくる。

決め付けられたり、期待されたりすると、裏切りたくなるのだ。

それは、作者にも言える。

「夕子ちゃんの近道」では、主人公と恋愛関係になってもおかしくない雰囲気だった瑞枝さんがあっさりと他に恋人を作る。そのことについて、主人公の感情も描かれない。

これ、あとになって長嶋さんがエッセイに、

「連載中に読んだ人から『主人公と瑞枝さんはこのあとくっつくんですよね』みたいなことを言われて『そうはさせるか!』と思った」

というようなエピソードを書いていた。

こういうふうに、読者の期待をひとつずつ丁寧に裏切っていくのが、長嶋作品の誠実さだと思う。


ちなみに、小説よりエッセイが好きな方にはこちらがおすすめ。

電車で読めないほど笑えるのがいくつかあるから気をつけてください。

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