本にまつわる個人的な思い出 #私のイチオシ

「#私のイチオシ」というテーマで本について書きたいと思い、はたと困ってしまった。

相手によって、勧めたい本が違う。じゃあ好きな本について書けばいいと思いなおすも、好きな本が多すぎてなかなか絞れない。

なので、いくつかの本について、個人的な思い出を書こうと思う。

■高校受験前日に読んだ『錦繍/宮本輝』

高校は、本命に公立、滑り止めに私立を受験した。不登校だったので、私立はそもそも受験させてくれる学校が少なかった。

志望校を決めたのは秋か冬だったが、受験勉強そのものは早くから開始していた。学校に行けなくなった以上、「真面目に勉強する」ことしか私には取り柄がない。毎日長い時間を勉強に費やし、成績は下げなかった。

本命より先に、私立の入試があった。準備は万端。余裕で合格できる判定が出ている。

しかし、いざ入試の前日になると、緊張でナーバスになった。ソワソワして落ち着かず、勉強が手につかない。

すると、父が自分の本棚から一冊の文庫本を持ってきた。

「今日は勉強しなくてもいいんじゃない。落ち着かないなら本でも読んでれば。これ、面白いから」

宮本輝の『錦繍』だ。当時の私は、宮本輝を知らなかった。

私は受験前日に『錦繍』を読み始めた。事情があって別れた夫婦の、往復書簡の物語だ。ぐいぐいストーリーに引き込まれた。

翌日は無事に入試を終え、結果は合格。しかし本命に受かったので、その学校には入学しなかった。

『錦繍』をきっかけに、私は宮本輝の小説を読むようになった(といっても10作品くらいしか読んでいない)。

宮本輝の小説はストーリーがどんどん展開していき、退屈する暇がない。純文学っぽくないスピード感だ。今、かつて読んだ『約束の冬』をめくってみたが、1ページ目から情報量が多すぎて驚いた。これは読み進めてしまう。やめどきがわからない面白さ。

私は、読んだ中では『彗星物語』が一番好き。大家族にハンガリーから来た留学生がホームステイする話だ。本当に面白い。おすすめ。


■会社を辞める直前に読んだ『夕子ちゃんの近道/長嶋有』

二十歳のとき『ジャージの二人』を読んで以来、長嶋有のファンだ。

もっとも好きな作品は『パラレル』で、次は『ぼくは落ち着きがない』だが、人生の転機に読んでいたのは『夕子ちゃんの近道』だ。

当時、私は求人広告の代理店で飛び込み営業をしていた。お店に突撃し、「アルバイトの募集されていませんか?」と尋ねる。だいたいは迷惑そうに追い返された。気弱な私は他社の営業とかぶるのが嫌で、新宿や渋谷を避け、下町ばかりを攻めた。

もんじゃ焼き屋、ラーメン屋、フランチャイズのコンビニなどから契約をとれた。しかし、求人広告を出しても望むほどの応募はなかった。もともと求人が難しいエリアだからだ。求人広告は高い。効果がなかったとクレームを受けるたび、罪悪感で心がしぼんだ。

ある日、営業に行くため会社を出て、横浜の自宅に帰ってきてしまった。自分はなんてダメなやつだろう。失望しながら、ボリボリとルマンドを一袋たいらげ、この本を読んだ。そして、会社に戻った。

この本は、フラココ屋というアンティーク店の二回に居候する「僕」と、周辺の人たちを描いた連作短編集だ。それぞれがゆるく交流し、それぞれに変化したりしなかったりして、勝手に巣立っていく。

主人公がフラココ屋に流れ着いた理由は、作中で名言されない。どことなく「挫折してきたんだろうな」という空気はあるものの、主人公も周りの人たちも、ぜんぜん深刻じゃない。

印象的なセリフがある。

「いいなあ、挫折できて」
「やっぱりガメラも海底で一人で傷を治していたよ」

どちらも、フラココ屋の近所に住む瑞枝さんが言う。

この作品は、登場人物たちの孤独や悩みを、あまり大げさに扱わない。「ただそれだけのこと」として描く。ときに不謹慎に見えるほど。

主人公といい雰囲気だった瑞枝さんが最終話であっさり恋人を作ることも含めて、「簡単にいい話にしてやるもんか」という潔癖さを感じる。挫折を悲しいもの、絆をよいものとして手放しで描かない。そこが好き。

この本を読んでからすぐ(たぶん一週間後くらい)、私は会社を辞めた。この作品に影響されて……なんてことはなくて、たまたま、限界が来たタイミングだったのだ。

あのときのどうしようもない苦しさを思い出すとき、同時に、この小説とルマンドも思い出す。


■恋人からもらって号泣した『ポトスライムの舟/津村記久子』

読んだことがある人なら「えっ、泣くような話じゃなくない?」と思うだろう。

芥川賞受賞作である『ポトスライムの舟』は、工場で働く29歳の女性が、世界一周の船旅の資金(年収と同額)を貯めようとする物語だ。主人公は世界一周のためというより、働くこと、生きることに意味づけをするために、そのお金を貯める。

津村記久子の文章は淡々としているし、まったく泣くような話ではない。私が泣いたのは、表題作の『ポトスライムの舟』ではなく、同時収録作の『十二月の窓辺』だ。

まぁ、こっちも普通は泣くような話ではない。会社員の女性・ツガワは、女ばかりの職場で浮いていて、上司からはパワハラを受けている。ある日、ツガワは休憩所の窓から衝撃的な場面を目撃する――という話。

ところで、私の人生には何度か無職のタイミングがある。この本も、無職のときに読んだ。実家にいた私に、遠距離恋愛中の恋人(今は夫)が送ってくれたのだ。たしか、ホワイトデーの贈り物だったと思う。

労働に恐怖心を持つ私に、労働をテーマにした津村作品は効きすぎた。私は、ツガワほどひどいめに遭ったことはない。だけど、じわじわと自尊心を蝕まれ、自分を守れなくなっていくツガワに、ばっちり自分を重ねてしまった。

夜中に読みながら泣いていると、母が「どうしたの?」と心配そうに部屋に入ってきた。母の部屋にまで、嗚咽が聞こえていたのだ。

「ごめん、大丈夫。ちょっと小説読んでて」

そう言うと、母は「そんなに泣くほど心を動かされるなんて……小説ってすごいのね」と言った。

そうだな。小説って、すごい。

この数年前まで小説を書いていた私は、あらためてそう思った。


■おまけ

外出自粛要請もあり、おうちで過ごすことが増えるこの時期。おこもりのお供に、ぜひ本をお勧めしたい。

「本を読もう!」と啓蒙する人って、「生き方のヒントを得る」とか「想像力や理解力を養う」とか、読書の「学び」の側面をプッシュしがち。

本に何を求めるかは自由だけれど、私は子供の頃から「学び」より「遊び」で本に接してきたので、「学び」を強調されると違和感がある。純文学も少女漫画も同じように、「めっちゃいい……好き!」って感じで読んでいるので。

なので、娯楽(すてきな暇つぶし)として本を手にとってみては。

先に紹介した3作品と比べると見劣りもいいところですが、私の本でもいいですし。





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