ゲストハウスなんくる荘14 家庭の事情なんてない
あらすじ:那覇にあるゲストハウス・なんくる荘にやってきた未夏子。気ままに生きる彼女は、次第になんくる荘の長期滞在者たちと打ち解けていく。ある日、地元にいる弟からLINEが届く。初恋の人・広治に子供が誕生したことを知る。
前回まではこちらから読めます。
◇
なんくる荘に戻り、シャワーを浴びてクーラー室へ涼みに行く。
ジンさんとヒロキ君が、朝の情報番組を見ながら朝食を食べていた。と言っても、二人とも仕事から帰ってきてこれから眠るところだ。
ジンさんはマツダマートのソーミンチャンプルーとビール、ヒロキくんは目玉焼きを乗せたトーストとウインナー、さんぴん茶。
ネコンチュが前足でヒロキ君の腕をかりかり引っかいていた。「なんかちょうだい」と言っているのだ。
「ミカコちゃん、さっき一回戻ってこうへんかった?」
ヒロキ君が言う。
「うん。でもまた海行った」
「なんで?」
「泳ぎたくなったから」
「ほんま泳ぐの好きなんやなぁ」
テレビでは、若い母親が無理心中を図ったニュースをとりあげていた。母子二人で暮らしていた母親は、三歳の息子を殺した後自分も死のうとしたけれど死にきれず自首したらしい。
バラエティ番組によく出ている辛口のコメンテーターが、
「三歳の子供にだってねぇ、生きることを選択する権利はあるんですよ! 選択肢も与えずに一方的に道連れにするなんてねぇ、甘ったれてるだけですよ!」
と、机を叩かんばかりの勢いで言い放った。
「そやけど、子供、一人残されたって可哀相やんなぁ。だって他に家族いてへんかったんやろ。たった一人の母親に死なれてしもうたら、この子、まだ三歳やのにひとりぼっちやん」
ヒロキ君が眉間にしわをよせる。あたしがウインナーを一本頂戴したことには気づいていないようだ。
「そうでもないよ。少なくとも、俺は道連れにされなくてよかったと思ってるね」
ジンさんはそう言って、部屋を出て行った。
あたしはジンさんの言葉の意味を図りかねていた。ヒロキ君も、あたしに意見を求めるような視線を向けてきた。
「ジンさん、親いないってゆうてたけど、自殺やったんかな」
「どうなんだろうね」
「オレ、悪いことゆうてもうたかな」
「そんなことないよ」
わからないけど、そんな気がした。
◇
「……前から聞いてみたかったんやけど」
ヒロキ君はネコンチュをあぐらの上に乗せ、お腹をなでた。
「ミカコちゃんってずっと旅続けてるんやろ。ミカコちゃんがこういう生活しとんの、親御さんなんてゆうてんの?」
「あぁ……」
「ミカコちゃん、実家の話せえへんやろ。なんか訳ありなんかなー思うて。話したくなかったら話さんでもええよ」
思わず笑ってしまった。あたしは家族について訳ありなことなんて何ひとつないのに。
「親はね、やっぱ最初はあたしが就職しないの、文句言ってたよ。なんのために大学出してやったと思ってるんだ、って言われた。あたしはさぁ、なんとなく面白そうだったから美大行ったんだよね。大学って、卒業したあと就職するために行くものなんだね。美大行ってたらそんな感覚もなかったんだよ」
就職しないことを決めたのは、奄美の工房で染色の修行をしてみたかったからだ。修行をしてみたかっただけで、染色作家になろうと思ったわけではない。
一年間、バイトしながら工房へ通った。そのうち他のところにも住んでみたくなり、石垣へ渡った。そんな感じで住居を転々とし、今に至る。
「そのうち、親も就職しろとは言わなくなったよ。せめて部屋借りて定住しろとは言ってたけど。あたし、未だに実家に住民票あるんだよ。ずっと住み込みで働いたりゲストハウスに滞在したりしてるからさ、未だに自分名義の部屋に住んだことないんだ」
あたしは住居を変えるたびに一応、報告の電話をしている。
陸生が家を出て淋しいのか、更年期障害によるものなのか、母は最近、情緒不安定だ。しょっちゅう電話をかけてくる。
母を支えてあげたい気持ちも、あることはあるのだ。でも、母が煩わしいという気持ちのほうが勝ってしまっている。あたしは最近、母からの電話に出ない。
「オレも、ずっと実家におったから自分名義の部屋住んだことないわ」
「そうなんだ」
「オレ、最近よく親のこと考えんねん。オレ、親の決めた中学受験して、そのまま一貫の高校行って。大学も会社も、自分の行ける範囲で一番いいとこ行って。理由とか、ちゃんと考えたことないねん。敷いたレールの上を進んだってゆうか。まどかちゃんに陳腐やって言われたわ」
まどかちゃんが言ったのはきっと「親の敷いたレール」という表現に対してだろう。
「毎日働いてて、これでええんかなって思って。オレ一生この会社で働くんかな、って。だから思い切って会社辞めて沖縄来てみたんやけど。でもオレ、まだ迷ってるわ。オレ、ミカコちゃんみたいに根っからの自由人でもないし」
なんていうか、ヒロキくんの言葉は全力でありふれている。誰かがどこかで言った言葉の寄せ集めだ。
「オレ、生きてる意味あんのかな。生まれてきた意味とか、ほんまにあんのかな」
以前から、たまにヒロキ君が口にするフレーズだ。
まどかちゃんに言わせれば「そういうの、みんな中学生くらいのときに考えるんだよ。今さらそんなこと言ってて恥ずかしくないの」とのことだが、あたしは中学生くらいのときにも、そんなことを考えたことはない。
「生まれてきたことに意味も使命もないでしょ。そんなもんあるなんて思うの、思いあがりだよ。ただ父親と母親がセックスしたから生まれてきて、生まれてきたから生きてるんだよ。それでいいじゃない」
必要とされたがるな。人にも、社会にも。
「あたしが死んだってさ、誰も困らないよ。でも悲しんでくれる人はいる。あたしはそれで充分だよ」
いつだって、充分なのだ。
酒とハイライトと居場所があって、生きていて、それで充分なのだ。ついでにBGMにレゲエがあればもっと最高ってくらいで。
「光秀は信長を討つために生まれてきたんじゃないでしょ?」
次の話
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