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【ショートショート】珍しい箱

むかしむかし、あるところに大層食いしん坊なお殿様がおられたそうな。
お殿様にはある悩みがありました。
いつも食事の時間を楽しみにしているのですが
目の前で家来が必ず長い時間をかけて料理の毒味をし
いざお殿様が食べる時にはすっかり冷めてしまいます。
「一度でいいから熱々を食べたいのぉ」
何度か家来に命令しましたが
「殿の身を案じての事のでございます」の一点張りで叶いません。

ある日、遠方からはるばる城を訪ねてくる僧の姿がありました。
「殿、ある修行僧が世にも大変珍しい箱をご覧いただきたいと申しております」
「面白そうじゃな。通してみよ」
今は泰平の世。退屈しのぎにお殿様はその話に大変興味を持ちました。
謁見の間に通された僧は小脇に抱えた木箱を床に置き膝をつくと
「こちらの箱は、南蛮渡来とも果ては黄泉の国から伝えられたとも言われている不思議な箱でございます」
そう言って僧は懐から竹皮に包まれた握り飯を取り出しました。
「こちらに冷えた握り飯がございます」
木箱の蓋を開け、握り飯を入れ蓋を閉じると横に飛び出した取手をぐるぐる回しだしました。
お殿様は身を乗り出し興味津々です。
いくらか回すと軽快な鈴の音がチンと鳴り響きました。
「こりゃまた珍妙な音だ」殿は興奮の声を上げました。
僧はおずおずとお殿様の前まで近づき
「是非ともお手に取ってみてください」と箱の蓋を開けお殿様の前に差し出しました。
「なんと!これはいったいどういうことだ!?」
お殿様は湯気のたつ握り飯を手に取ると目をまんまるにしました。
「あち」熱くて放り投げるわけにもいかず、お殿様は思わず握り飯を頬張りました。
「殿!お待ちくだされ」脇に控えていた家来が思わず腰を上げましたが間に合いません。
「ああ。美味い。ホカホカの握り飯はなんてうまいんじゃ!いったいこの箱は何なのじゃ」
僧は箱を差し出す様に掲げ、
「我々には仏様のご加護を授けていただけると伝わっております。殿様が冷飯にうんざりされていると伺いました、是非ともこちらの箱をお納めください」
殿は一気に握り飯を平らげてしまいました。
「これで毒見で冷めた後でも熱々の料理が食べられる!僧よ何でも褒美をとらすぞ。遠慮せず申してみよ」

僧はその後、お城の近くに電志蓮寺という名の大層立派なお寺を建てたそうな…

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