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【ショートショート】ふんどしが見える

ある男。あまり人に胸を張って自慢できない特殊能力がある。
もし彼にその能力は何かと問えばこっそり耳打ちのポーズを取り小声で気恥ずかしく答えるだろう。

「実は…『ふんどしが見える』んです」

確かに男女問わず見えるのだが、色眼鏡のかかった男性諸君はあわよくば羨ましく思うかもしれない。
下着が透けて見えるなどという思春期男子の夢を叶える様な意味では決して無い。
『着衣の上からふんどしが装着されているように見える』というのが正確な所である。
もちろん誰彼構わず見えるという訳ではなく個人差がある。
有無は元より、色も定番の赤があれば白もある。
形もこれまたふんどしと言えばで連想する前垂れや、祭りで神輿を担ぐ男衆でよく見られる六尺。
極稀に相撲まわしが見える事もあれば、一度だけインドの伝統相撲で使用するランゴットという様式で見えた事すらある。
ふんどしの知識だけ無駄に増えていく男にそもそもの疑問が残され続ける。
-何故ふんどしが見えるのか-
仮に人混みで観察したとしたら見える比率は半々かそれ以下。
そして彼自身には…見えない。
どういう原理条件でふんどしが見えるのか、そこが判明しない限り特殊なだけの無用の長物なのだ。

ある日、テレビで流れるニュース映像に男は釘付けになる。
経営不振による業績悪化により閉園する事になった遊園地の最終営業日を取材した内容で
閉園を惜しんで訪れた大勢の客の8割近くがふんどし姿だったのである。無作為な群衆でこんなにも高い割合は初めてだった。
いったいどういう事なのだ。何かヒントになるような物が映りやしないかと画面を凝視した。
「私も小さい頃によく親に連れてきてもらっていて、娘も連れて来たことがあったので親子三代に渡って想い出があるのでほんとに寂しいですね」
「いやぁ。家内との初デートはここだったの。最期だって言うもんだからせっかくなんで昔を思い出して。ええ残念だね。もっと続けてほしいね」
「たのしかったぁ。さみしい」
老若男女へのインタビュー映像の中で最後に答えていた幼児にだけふんどしが見えなかったが、それが意味する事の核心までは得られず
モヤモヤした気持ちで男はテレビを消した。

そしてそれは突然訪れた。
ふんどしが出現する瞬間をとらえる事が出来たのである。
スーパーで買い物をしていると1人の女性がある商品を手に取り買物かごに入れた瞬間にふんどしが現れたのだ。
男は逸る気持ちを抑えて女性が移動するのを待った。
同じ商品を手に取るとそれは昔から馴染みのある袋入りのスナック菓子であった。そして徐に自身の買い物かごに入れる。
するとスーっと自身の下半身に赤いふんどしが現れたのだ。
これだ!この商品に答えが隠されている!
商品のパッケージをくまなく観察する。特におかしな所は見当たらない。
当たり前だ。男も漠然とその事は分かっている。単体でおかしな所を探しても意味が無い。
ふんどしとの相関関係を想像する中で何か気になる点を見つけなければいけない。
お菓子の袋をくるくると回し舐め回すように見る異様な大人を警戒しながら
すみませんと1人の少年が恐る恐る横から手を伸ばし同じ菓子袋を掴んだ。
ああごめん、男も我に返り気恥ずかしく一歩横にずれた。
少年は菓子袋をかごに入れると違う商品を小気味よくかごに入れていた。
「ちょっと君!」男は思わず少年に声を掛ける。
どうして君にはふんどしが現れてないんだ、と喉元まで来ていた言葉をすんでの所で飲み込んだ。
そんな意味不明な質問をしたらいよいよ変質者だ。しかし何をどう聞けばいいんだ。男は逡巡した。
「あの、おじさんこのお菓子を作っている会社で働いてるんだけど良かったらこれだけ種類のあるお菓子の中から
どうしてこれを選んでくれたのか聞かせてもらっていいかな?」
少年はいきなり声を掛けてきた男に困惑しつつも「美味しいし、いつも食べてるから…」とだけ答えて逃げるように離れていった。
至極当たり前の答えに男もため息をつく。掴みかけた答えが指先からスルリと抜けていった気分だ。
元あった棚に菓子袋を戻そうとすると、ふんどしは霞んで薄くなっていく。
その掴みかけた答えを手放すのが惜しい気持ちと、自身も子供の頃によく食べていたその菓子を懐かしく思う気持ち、
そして『日頃のご愛顧に感謝し10%増量!』のキャンペーンマークが後押ししもうせっかくだと買うことにした。
再び現れた赤いふんどしを見下ろす。
ほんとに何なんだよこのふんどしは…と店内に目を向けると先程の少年がレジに並ぶのが見える。
ーいつも食べてるからー
少年はそう言った。もう一度袋菓子のパッケージを見る。日頃のご愛顧…10%増量…。
「あ」
日頃のご愛顧も無いのに増量の時だけ買いその恩恵を受ける俺。
普段全然行かなかったくせに閉園するとなると訪れ、寂しいと感傷に浸るあの客達。
「そういう事か、ふんどし…」

ある男。あまり胸を張って人に説明できない特殊能力がある。
「実は『人のふんどしで相撲を取っている』最中の人間が見分けられるんです。だから何だって話ですが」

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