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【ショートショート】袋の中身は

「そうしたらよ。ジェフ爺さん、急に車椅子から立ち上がったんだと。俺も今聞いた話で、これから見に行くところなんだ」
息を切らした男はすれ違う人がいれば足を止めその奇跡を触れ回った。
噂は小さな村を瞬く間に駆け巡り、昔は父娘で営んでいたが、今はジェフの娘が一人で切り盛りするパブには人だかりができていた。
村人に囲まれる中、おぼつかないが確かにジェフは立ち上がり、自身でも何が起きたか理解しきれないまま、笑顔で村人達と喜びを分かち合っていた。
空席になった車椅子の傍で、ジェフの娘は村では見慣れない男に深く頭を下げていた。男は小さなゴミ袋の口を固く縛った。
「おい、あんたは医者なのか。一体、爺さんに何をしたんだ」取り巻きの1人が彼に問う。
「なあに。たまたまこの村を通りかかった旅人ですよ。私が何かを施したわけじゃない。爺さん自身が歩けない原因を吐き出すのを少し手伝っただけです」とゴミ袋を掲げた。
「いいですか。絶対にこの中を見てはいけませんよ。この中には爺さんが歩けなかった原因が入っています。このまま燃やして処分すること。いいですね」
娘にそう強く言ってゴミ袋を手渡した。娘は恐る恐る受け取ると、慎重に床へ置いた。そして男を見送るため、店の外へ出ていった。
「これでもう一度、厨房に立てるかもしれない。あの娘には迷惑をかけているんだ」と涙を流す爺さんをよかったと皆で取り囲んだ。
その光景を離れた所から眺め、皆の目を盗んでこっそり袋を持ち去る若者の姿があった。
足早に家路を急ぐ若者の鼻息は荒かった。「この袋の中身の正体が分かれば、きっとボロ儲けできるぞ」

宿屋の主人は訪れた宿泊客の男に語った。「実は最近、隣村の原因不明で歩けなかった老人が急に立ち上がったんですって。でも途端にある若者が歩けなくなったとか。不思議なことがあるもんですね」
そうか、と表情を変えず答えた男は主人に問うた。
「この辺りで、出来やしないと弱音ばかりを口にしている人はいませんでしたか」

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