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【ショートショート】再訪の景色

林田健吉は遊園地の入場ゲートに立っていた。
経営陣として幾度と足を運んだ場所だったが、客として訪れるのはこれが初めてだ。
ふと、どうやってここに来たのかを思い出そうとしたがうまく思い出せない。
思い出すのを諦めようとしたとき、林田の脇を小さな男の子が小走りで追い越していった。そのちょっとした弾みで何故ここに居るのかを思い出すことができた。
そのせいで男の子の小さな背中を見つめる眼差しは改めて、憂いを帯びたものになったがその先に彼の両親の姿を認めたとき、複雑な心境のまま小さく頷いた。
「ということは…本当だったんだな」
入場ゲートをくぐると大勢の客で賑わうその光景に驚きを隠せなかった。
「本当…だったんだな」同じ言葉を何度もうわ言のように呟いた。
見慣れぬ従業員を何人かやり過ごした後、開園当初から知る顔馴染の従業員を見つけ声をかけた。彼女は林田を認識すると一瞬驚いた表情を見せた。
「林田専務、大変お久しぶりです。いらしてたんですね。どうですかこの景色」とすぐに笑顔に戻った。
「いやぁ正直驚いたよ。本当に楽しそうな笑顔で溢れている。開園初日になっても社長にまだ食い下がっていたあの日を思い出すよ」

開園初日のセレモニーを終えた所で、林田は社長の元へ駆け寄った。
「社長。今更ですがやはりこんなことは馬鹿げてます。私には認められません」従業員しか居ない閑古鳥の鳴く園内を指差した。
「そうか…君には無いのか。大丈夫、すでにお客様は大勢入っている」と社長は禅問答のような答えで笑い飛ばした。
「そんなこと言われましても…」
「知らないのか。かの東京ファンタジーランドやグローバルアトリエジャパンにもそれらのお客様は密かに訪れていたという話だ。際限なく需要があるという証拠であると同時に、それらのお客様は当然増えていく一方だ。ならばこれからの時代、その客層に絞って事業を展開するのも決して馬鹿げてなどいないはずだ」
「ですが社長。収益はどうするんです。キャッシュが見込めない中で霞でも受け取ろうって言うんですか」
「そこは固定概念に縛られず、おいおい考えていこうじゃないか。何も現金だけが価値のあるものとは限らない。お、ちょうどいい」社長は通りかかった一人の従業員に声をかけた。
「君、ちょっといいかね。林田専務が心配しているんだ。今、お客様はどんな表情だ」
「皆様、満面の笑顔ですよ」

「…君にも見えるのか、って私に言ったときの林田専務の苦虫を噛み潰した顔が忘れられません」
「そうだったかな。あのとき社長はいつか君にも見える日がくるよと言っていたが、当時は君も社長とグルになって私を騙そうとしていると思い込んでいたよ。でも今ちゃんとこうして私のことが見えている…君は最初から見えていたのか」
「はい、もちろんです。小さい頃から霊感が強かったんで普通に見えていました。それにこの仕事に就くときの採用条件でしたので」と彼女は笑った。
林田は振り返ると、数多の幽霊でごった返すその風景にしばし言葉を無くし見惚れた。
先程追い越していった男の子が笑顔でメリーゴーランドに乗る姿を見ると、こみ上げるものがあった。
「はは、驚いた。幽霊でも涙が出るんだな」林田は恥ずかしさから自嘲した。
「当然です。皆様、生前と変わらず人間らしく過ごしておられます。あ、噂をすれば…」彼女の視線が林田の後ろに向けられた。

「林田君。待っていたよ。やっと見えるようになったんだね。どうだい改めてこの景色は」
懐かしい笑い声が背後から響いた。

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